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三恵観光株式会社、杉本潤明社長 TOPから学ぶ

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杉本 潤明/三恵観光株式会社 代表取締役。大学卒業後は不動産会社、プログラマーを経験し、結婚を機に三恵観光株式会社に入社。2010年、35歳で代表取締役就任。『2040年、年商3,000億円企業』を掲げ、主要事業であるパチンコ事業以外に、様々な事業を手掛けている。

三恵観光グループは、京都府福知山市に本社置く総合レジャー企業です。手がける事業は、パチンコ、ボウリング、ゲームセンター、飲食、ゴルフ、コインランドリー、不動産、そして国外への進出も視野に入れたメガソーラー発電と多岐にわたります。

グループ全体の売上は約100億円(2014年実績)、その中心となっているのがパチンコホール『ダラム800』を運営するパチンコ事業。現在同グループでは『2040年、年商3000億円企業』という目標と共に、その達成のために『経営者を10名輩出』を掲げています。

今回のインタビューでは、三恵観光株式会社がどんな会社なのか、目標達成に向けて行われている様々な改革や施策、2015年12月に行われた、初の社員総会の様子などをお聞きしました。

他業種・精鋭

グループの経営方針は「多業種・精鋭」。『ダラム800』は現在1店舗ながら、総台数は京都府北部最大の800台。地域トップクラスの高稼働店と、まさに精鋭店舗と呼ぶにふさわしいパチンコ店。

2013年に中途入社して、現在『ダラム800』の副店長を任せられる樋口司浩さんは初めて同店を訪れた際、衝撃を受けた。

「初めてダラム800を訪れたとき、予想以上の高稼働に驚きました。京都市から距離もある地域ながら、これ程までに多くのお客様を集められるとは。」

樋口さんが以前勤務していたのは、大阪を拠点とする法人である。2店舗の業績を見る責任者を任せられ、やりがいも大きかったという。しかし、さらなるステップアップをめざし、様々な業務を経験したい、大阪から出て視野を広げたいと考えるようになり、そうして出会ったのが三恵観光だった。

三恵観光への入社の決め手となったのは、高稼働の精鋭店舗で勤務できる点。

そしてパチンコ事業以外にも多角的に経営をしている企業である点で、「視野を広げるには最高の環境だと思った」そうです。さらに、採用を即決した杉本潤明社長の存在も大きかった。

「重要な判断を即決できる社長がいるなら会社の意思決定が速く、フットワークも軽いのではと思いました。だからといって、決してワンマン経営でもないことを感じました」

こうして入社することとなった樋口さんは、新しい風土に慣れることが重視され、まずは主任としてスタートすることになった。その後入社半年で係長、入社2年後には課長代理(副店長)を任され、現在は新店店長の筆頭候補となっている。

入社から約2年半が経った樋口さんから見た三恵観光は、チャレンジ精神が旺盛で社員からも意見が出しやすく、実現度も高い会社。入社前に感じた意思決定の速さとフットワークの軽さを身を持って経験することができているという。

では、このような社風を実現している、同社代表である杉本潤明氏とはどのような人物なのだろうか。

三恵観光を後世に遺していく

「私が育った町はとても小さかったので、町中の人に“パチンコ屋の息子”だと知られていました。小さい頃から、いろいろと良くないことを言われることも多かったです。道で知らないおじさんから、『お前のランドセルはわしが買ってやったんや』と言われたこともありました。

そのため、パチンコに対して怖いイメージが強かったんです。だから継ぎたくはないと思っていました」

大学卒業後は不動産会社での営業を経験した後、未経験からプログラマーとして転職した。三恵観光への入社は、結婚が機だったという。

「継ぎたくないと思う一方で、私は長男なので心のどこかでは継がなければならないことはわかっていました。結婚を機に今後の人生を考え、入社を決めました」

入社当初はゴルフ事業を任されていた。パチンコ事業を任されることとなったのは父である前社長との会話がきっかけだった。

「ゴルフ事業の報告のために本社に行ったときのことです。父から『この会社の主要事業は何かわかるか』と聞かれました。私は『パチンコ事業です』と答えました。

すると父は『じゃあお前は、ビジネスとしてのパチンコがわかるのか』と、問いました。私は『わかりません』と言うことしかできませんでした。

会社の大きな柱はパチンコ事業です。今後会社を継ぐのであれば、主要事業を知らなければ始まらない。父はそう言いたかったのだと思います。この会話をきっかけに、ビジネスとしてのパチンコについて考えるようになり、パチンコ事業も任されることになりました」

こうしてパチンコ事業も任され、前社長のNo.2として経営を学んでいった。代表取締役に就任したのは2010年、35歳のときだった。前社長が亡くなったことがきっかけだった。

「父が亡くなった後の四十九日の期間は本当に悩みました。父が亡くなる前は自分一人でもやっていけるという変な自信があったんです。でも父が亡くなって、改めて父の存在の大きさに気づかされました。父がいたからこの会社の経営を続けられていたのだと思ったのです。

これから先、自分一人ではやっていけないのではないか。もう会社を売ってしまおうか。私たち家族だけなら、会社を売ったお金だけでなんとか生活していけるかもしれない。そんなことを考えていました。

でもふとそこで気づいたんです。私は杉本家だけでなく、三恵観光という会社も、後世に遺していくために産まれてきたのではないかと。こうして私は三恵観光の代表になることを決意しました。今では『2040年、年商3,000億円企業』という目標を持つようになりました」

杉本氏は会社が創業80周年となる2033年、58歳で引退したいとも考えているという。60代になると世の中の流れについていくのが難しくなる。それまでに経営者を10名輩出し、節目となる創業80周年で社長を交代するという目標も掲げている。

「そのために今必要なことは、“伝達力”と、“任せる”ことだと考えています」

 

誰にでもチャンスはある。そう伝えてきたが…

「会社の成長のためには、社員ひとりひとりの成長が欠かせません。私はこれまで、社員に未来を見せることでモチベーションを上げ、成長につなげようと考えていました。そのために社内外で自社の未来を発信し続けてきました。

『2040年、年商3000億円企業』、『経営者10名輩出』もそうです。会社の未来を担うのは社員ひとりひとりである。誰にでもチャンスはある。やりたいことがあるなら手を挙げてほしい。そう発信してきたつもりでした」

しかし、そのメッセージが社員に伝わっていないと感じるようになったのだという。きっかけは、『やりたいことがある』という理由で退職する社員が現れたことだった。

「独立したいから辞めますならわからなくもないのですが、やりたいことがあるので辞めますというのは腑に落ちないというか、ショックでした。やりたいことがあるなら手を挙げてほしいと伝えてきたつもりでしたが、この会社ではそのチャンスがないと考えたのでしょう。こういったことが他にも起こっているのではないかと考えるようになりました」

入社時には杉本氏自ら社員に今後の会社の未来を語る。そうして夢を持って入社するが、現場に入ると目の前の仕事と会社の未来がリンクしづらくなっていく。

そうなると、例えば『経営者10名輩出』もどこか別の世界の話のような、自分とは関係のない話のように捉えてしまう。

「入社後は私が直接話をする機会は減り、代わりに私の想いを伝えるのは中間層の役割となります。社員がチャンスがないと考えてしまうのは、中間層からその下へ伝わっていないこと、そして私から中間層に伝わっていないことが課題なのではないかと考えました」

部下をコーチング=導く意識を持ってもらいたい

チャンスがある環境とは、自分の意見を出しやすく、取り入れられやすい、新たな活躍の場を得られやすいといったよさがある。意見を出しても取り入れてもらえないとなれば、おのずと人は考えなくなってしまう。

しかし取り入れてもらえるならば、さらにもっとよいものを考えようとなる。こうした好循環が現場で生まれることは、会社の成長につながっていく。

杉本氏が伝えたい想いの本質を、中間層がまずは理解すること。そして部下に伝えることができるようになること。つまり、「伝達力」と「任せる」ということを実現するため、三恵観光グループではコーチングをテーマとした研修を実施することになった。

コーチング研修では部下とのかかわり方、どのようにすれば部下のモチベーションを高められるかなどを考える研修となった。

研修は半年をかけて全5回開催し、中間層である部門長と施設長、副施設長の約20名が対象者となる。対象者は、人事評価での考課者にも該当する。

「部下を育成することは、上司にとって重要な仕事です。しかし、昔のように『◯◯をやっとくように!』では通じない時代です。文字通りコーチング=導くことが必要となってきています。

部下と同じ目線に立って話をしっかり傾聴すること。そして部下がどんな考えを持ち、どんな特性を持っているのかを把握し、部下の可能性を引き出すにはどういったアプローチを取るべきかを考え実行すること。まずはこのような部下をコーチングするという意識を持ってもらうことから始めました」

また、研修の場だけで終わってしまわないよう、得たことをどのよう現場に活かしていくかを話し合う場も設けており、徐々に効果が現れているという。

「日報を読んでいると、コーチングを意識しているのであろうことが書かれていることが増えてきました。また、社員たちの会話の中で、研修で学んだことが出てくることが増えてきました。共通言語ができつつあるのではと感じています」

目標達成に向けて

現場ではどうしても目の前のことに集中してしまいがちになり、大きな目的や夢が見えづらくなってしまう。そんなときに、上司が目の前の仕事が会社の未来にどうつながっているのかを伝えられるかどうかは、部下の成長にとって非常に重要なことである。

コーチング研修で中間層が得たことが、社内全体へと浸透していくのはまだまだこれからだという杉本氏だが、『2040年、年商3000億円企業』、『経営者10名輩出』の達成に向けて一歩ずつ、進化している。

「現場研究家」の誕生へ

三恵観光グループでは、2015年12月に初めての全社員参加の社員総会を開催した。そこで杉本氏から語られたのは、三恵観光グループの未来を皆の力でつくっていこうというメッセージである。

「パチンコ業界は年々新規顧客を見込みにくい市場となっています。それに加え、遊技単価も上昇によって既存客も離れています。さらに規制政策も進んでいる。

様々な要因によって、これまでと同じ方法だけでは、生き残ることは難しくなってきています。そこで、20年つづく店舗づくりをしようという話をしました」

20年つづく店舗づくりのためには、営業改革が欠かせない。その手法について大切なキーワードは「パチンコが社会に対して持つ根源的機能は何か?」という本質を考えることだと杉本氏は語る。

「お客様はなぜパチンコで遊ぶのか?どのような店で遊ぶことを楽しいと感じるのか?など、本質をとことん追求し、新たな営業手法を研究・模索していかなければいけないと考えています。そして、それを担うのは、第一線で働く社員です。これを “現場研究家”と名付けました。

大手であれば営業本部やマーケティング部が担うのかもしれませが、弊社には専門部署はありません。ですが、第一線で働く社員だからこそ、現場ならではの理論を生み出す可能性も秘めています。これは誕生すれば、他社にない強みとなりえます。今後の会社の未来をつくるのは、現場研究家=社員ひとりひとりなのです」

焦燥感があるのかもしれない

三恵観光グループが掲げる『2040年、年商3000億円企業』。残り24年で年商にして約30倍の成長。決して簡単なことではない。

「焦燥感があるのかもしれません。父親を超えたいと考える男性は多いと思いますが、私もその一人です。私の父は、現役で活躍しているときに亡くなりました。そのため超えるハードルがとても高いです。

実は、以前は“2040年、年商1000億円”が目標でした。しかし、この会社を継ごうと決意してから必死でやってきて、年商100億円を達成することができました。もしかしたらこのままやりつづければ、1000億円を達成できるかもしれないと考えるようになりました。

でもそれでは父を超えられないのではないかと考えたのです。これまでの延長線上ではない、ブレイクスルーを必要とする成長。そう考え、3000億円を目標にすることにしました。私は創業80周年となる2033年、58歳で引退したいと考えているので、残された期間はそう長くありません。だから焦燥感があるのだと思います。今後も目標に向けて何をすべきか考え、どんどん実行し、進化しつづけたいと思います」

理想とする組織

「社員には、様々な改革、施策を行っていく中で、それを自分事と捉えて自己成長していくことを期待しています。日本ではなかなか難しいかもしれませんが、上司部下間の下克上が起こる。これが理想です。

私も、私よりずっと優秀な人に追い出される形で引退したい。そうやってみなが成長し、経営者が10人育っていければ、三恵観光も成長していきます。成長するということは、世の中に必要とされているということ。それはつまり、少しでも世の中をよくできているという証になるのではないかと思います」

『社員に自分の想いが伝わっていないと考えることもあった』という杉本氏。しかし、そこで止まることはなく、伝わらないのはなぜか、どうすれば伝わるのか、とことん本質を追求し、そして行動を起こしている。経営という仕事は、うまくいくことばかりではないだろう。しかし、常に前を向き、同時進行で様々な改革を行い、組織に刺激を与え続ける姿は、多くの人を惹きつけている。

「難しいからこそチャレンジしたい」 杉本氏からは、そんな純粋な、熱い想いを感じた。

―おわり-

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