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株式会社興和商事、呉本賢虎常務 TOPから学ぶ

 

西新井駅、日暮里駅にキューデン屋号で3店舗展開している株式会社興和商事の呉本賢虎常務取締役のインタビューです。

本日はよろしくお願いします。

こちらこそ、よろしくお願いします。

御社は創業半世紀と、非常に歴史ある企業ですね。

1971年2月に球殿を開業してスタートした会社です。同時に雀荘や純喫茶も経営していました。

2店舗目、3店舗目を出店したのはいつですか

2店舗目は約18年前に西新井駅、3店舗目は約11年前に日暮里駅、いずれも駅前に出店しています。

創業したのは呉本常務から見てどなたですか

私の祖父です。現会長は私の叔父、つまり祖父の長男になります。私の父は次男で現社長です。

呉本常務が入社したのはいつですか

約5年前ですね。

それまでは何をしていましたか

青山学院大学卒業後は、設備関係の会社の営業職としてキャリアをスタートしました。

ファーストキャリアに他のパチンコ店へ丁稚奉公するというプランはありましたか?

父に相談した時、現場よりも経営者を見なさいと言われました。経営者はどういう風に仕事をして、どういうことに悩み、どういうことを考えているのか、それを感じられる会社が良いぞと。そう言って紹介されたのが大学卒業後に入社した会社の社長です。

その社長は20代後半で若く、非常に仕事ができる人とのことでしたので、まずここで頑張ってみようと思い、お世話になることにしました。

その会社の従業員数は何名ですか

社長、技術専門の方が1名、経理事務1名、そして私なので4名です。

事業内容はどのようなことを行っていたのでしょうか

メイン事業は防犯カメラの販売、設置、メンテナンスなどです。クライアントはパチンコホールが多かったですね。そのため、パチンコ店には頻繁に出入りしていました。

どのお客様も防犯カメラに求めているのは「記録を残すこと」ですので、極端に言うとどこの製品でも大差無いように感じます。そう言った意味でも、社長の営業力が高かったから成長していた会社ですが、営業や人脈の築き方など、商売の基本が学べたと感じています。

その後、27歳で興和商事に入社したと

そういうことになります。

ちなみに、跡継ぎとして入社するのはいつ頃決まったんですか

実は大学生になった頃、将来は会社を継いるだろうというイメージが自分の中では明確になっていました。そんな時、社長である父と二人でお酒を飲む機会があり、進路の相談をしたら

「それで、お前は将来どうしたいんだ?」と聞かれたので、「跡を継ぎたい」と自分の考えを話しました。そして、現在に至るという流れです。

呉本賢虎/株式会社興和商事 常務取締役。青山学院大学卒業後、父の勧めもあって防犯カメラを中心に扱う設備会社に営業として入社。その後、跡継ぎとして興和商事に入社。現場経験後、2017年に常務取締役に就任。

なるほど。入社してからはどのようなキャリアを歩みましたか?

ホールスタッフとして入社して、異動先でリーダーになり、次の異動でアシスタントチーフになってという順です。現場にいたのは1年半くらいですかね。最終役職は副店長で、そこから店長には就かずに本社に異動しました。

本社では何をされていたんですか

営業部に配属されて、そこの係長というポジションで全店の営業管理を行っていました。いわゆるエリアマネージャーのような仕事だと思います。そして、2年前に常務になりました。

なるほど。現場の経験は現在の仕事に活きていますか

十分活きていると思います。現場を知らないで上に立っても現場の気持ちが分からないでしょうし、経営は数字だけではありませんから。

社員とコミュニケーションを取って、お互いにどういう人間かを理解し合えたことも大切だったと思っています。

現在は呉本常務が営業の陣頭指揮を執っているとお聞きしましたが、先代から指揮権が移る過程での苦労はありましたか

個人的にはあまり感じていないですけどね。個々人のバックグランドを意識しすぎても仕方ないんです。大切なのは今と未来ですから。

私はまだまだ父に及びませんが、その実力値も含めて考えを理解してもらう必要もあるし、協力し合える関係を築き上げて行きたいと思っています。

話は変わりますが、現在の経営理念はいつ作られたものですか?また、今後変えていく計画はありますか?

現在の経営理念は父の代で作ったものです。スタッフと地域社会を大切にすることを掲げた内容で、私の中で一番重要な価値観として根付いています。そのため、近々で変える必要性が無いと思っています。

しかし、内部環境や外部環境の変化で、変える必要性が増していくこともあるでしょうから、決め付けず、状況に合わせて柔軟に対応して行けると良いと考えています。

なるほど。外部環境として、現在の市場環境はどう捉えていますか?

現在の市場環境では、条件が良いから出店しようというシンプルな判断ですらし辛いです。攻めた経営をして行きたいものの、我々の規模でいうと生き残って戦い抜くことの優先順位が一番高いです。

そのため、西新井駅前、日暮里駅前のマーケットを中心に、今まで築き上げたブランドを活かして、信用されるパチンコ店営業をしていくことが重要だと思っています。

競合店が閉店する時はM&Aなどのお声掛けもありますか

何とも言えませんが、地域で長く営業していることもあるし、同業同士長い付き合いですから、相談を受けることもあります。ただ、先ほども申し上げた通り、生き残っていくことの優先順位が高いので、内部体制の強化を中心に進めています。

しかし、それだけでは先細ってしまいますので、新規事業を中心に新しいチャレンジはしています。

今後の新規事業構想について教えてください。

何の事業をするのかよりも、私たちが事業展開している西新井駅前、日暮里駅前のマーケットで何をするかの方が重要だということです。

そう言った意味でも、屋台骨を支えるパチンコ事業にシナジーを生めることも大切なので、これら軸をブラさずに進めていきたいと思います。

その中で、新規事業が3月にスタートしたとお聞きしました。

はい。2019年3月から洗濯代行事業を始めました。フランチャイズで参入して、江東区内に1店舗オープンさせています。

この事業を始めた理由は何ですか?

市場の成長性を感じたことが一番の理由です。女性の社会進出も増えて夫婦共働きなど忙しい世帯が増えること、さらに高齢化ビジネスとしても伸びる見込みがあります。

洗濯ものを専用のバックに詰めるだけで、回収、洗濯、配達までしてくれるというサービスは非常にシンプルですが、すでに手ごたえを感じています。

結婚相談所も始めたとお聞きしました。

はい。始めたきっかけは興和商事の現状です。

詳しく教えてください。

弊社は女性の社員比率が6割、アルバイトを含めると7割になります。

その彼女たちが出会いのきっかけが無いと。なるほど、これは当社だけではなく、他のパチンコ店も、ひいてはサービス業全体が同じ状況なのではないかと考えたことがきっかけです。

なるほど。

日々、たくさんのお客様と接しているものの、働いているのは毎日同じ店舗の中ですし、休日が固定日ではないので、ホワイトカラーの人たちとの接点が少ないことも理由でしょうか。そういう人たちの橋渡しになりたいと感じ、はじめたのが結婚相談所です。

そうなんですね。そもそもですが、なぜ御社は女性社員が多いんですか?

ひとつの結論として、女性が多く働いている職場に女性が集まるということです。その好循環のスパイラルによってそこまで苦労することなく女性社員の採用に成功してきました。

他にも、アルバイトで活躍している人に積極的に声を掛けて社員雇用してきたという歴史があるので、活躍している社員の中に女性が多かったということがあります。

女性役職者も多いとお聞きしました。

中間役職の主任ポジションで多くの女性が活躍していて、その中から1年以内に副店長に昇進する者も出てくるのではないかと期待しています。

やはり、女性は細やかな目配り、気配りができるので、サービス業との相性も良いですね。今後も、女性活躍のロールモデルを増やしていきたいです。

女性では無くても、若い社員の方がたくさん活躍しています。

そうですね。新卒採用1期生として入社した人材が4年で店長に昇進しました。キューデン各店長の平均年齢は約31歳と非常に若いです。

その下の役職になるとさらに年齢が下がります。しかも、女性が多いので、他社さんにお話すると驚かれることが多いです。

呉本賢虎/株式会社興和商事 常務取締役。青山学院大学卒業後、父の勧めもあって防犯カメラを中心に扱う設備会社に営業として入社。その後、跡継ぎとして興和商事に入社。現場経験後、2017年に常務取締役に就任。

若さが武器ですね。

そうですね。成長にも貪欲ですから、伸びしろも大きいです。逆に、経験が無いからこその危うさもありますので、そこはベテランがカバーできると良いと思います。

ベテランの活躍ですか。

とても重要です。個人的に印象的だったのが、先代の参謀として活躍していた方が、私が陣頭指揮を執る体制に変わった時「雑用でも言ってください。常務のやりたいことをやりましょう。」と言ってくれました。

そう簡単に頭を切り替えられないのが普通で、むしろ反発や意見のぶつかり合いがあってもおかしくないんですけどね。日なたがあれば日陰ができます。こうやって影で支えてくれる存在がいるからこそ会社の経営が成り立っています。

それは素敵なエピソードですね。御社ではどういう人がキャリアアップしていますか?

自分で物事考えられる人や、遠慮せずに意見を言える人、問題提起できて自ら解決しようと努力する人は出世が早い印象がありますね。

例えば、私が店舗であの装飾がおかしいから変えなさいと指示した時、「なぜそう思うのですか?」と聞いてくる人と、「分かりました。」と鵜呑みにする人では、前者の方が優秀なケースが多いです。後者の人ほど、また違うときに同じような指示を受けますから。

現在でも現場に出るのは意外です。

毎日ではないですけどね。できる限り足を運ぶようにはしています。最近はアルバイトと話すこともありますし、自分の中でスタンスを少しずつ変えて試しています。

そう考えたきっかけは何ですか?

今までは逆に距離を置いて、接さないようにしていました。例えば、束の間の休憩時間に、会社の偉い人が休憩室に入ってくると休めないじゃないですか笑。一生懸命働いて店舗を支えている人たちに気を遣わせてしまっては申し訳ないと考えていました。

でも、「現場に答えがある」とよく言うように、アルバイトの方たちだけが知っている、気付いている情報も多いし、そこに価値があることに気付きました。

店長や役職者からの報告だけでは、良くも悪くも情報にフィルターがかかってしまっているので。社会人ではないので、レベルの高い報連相は求められませんが、時間や回数を重ねることで、気になることを気兼ねなく言ってくれる関係性を作っていきたいです。

ありがとうございます。それでは最後に、社員の方に伝えたいことはありますか?

外の世界とたくさん触れ合ってほしいと思います。パチンコ業界は閉鎖的なので、私たちのスタンダートが他の業界では通用しないことが多々あります。

もっと外の出来事に興味関心を持って、色んなことから吸収してほしい。当社はみんな若いので、スポンジのように吸収できます。会社として、私個人としても、出来る限りのサポートはして行くつもりです。

若さも活かしてということですね。

そうです。弊社は歴史は長いですが社員は若い会社です。だからこそ、自分が会社を変える、自分が会社を作っていくという気持ちを大切にしてほしいです。

間違うことは恥ずかしいことではありません。むしろ、若いうちにたくさん失敗しておこう。そういうスタンスで構わないので、仕事に取り組んでみてほしいですね。

本日はありがとうございました。

-インタビューを終えて
呉本常務体制になってから、若手抜擢や新規事業着手など、今まで以上に様々なチャレンジに取り組んでいることを知りました。また、コア事業であるパチンコ店経営にシナジーを生む新規事業にこだわっていきたいという話には、先々代からの歴史を繋ぐ者としての使命感を感じます。
とても刺激の多いインタビューとなりました。ありがとうございました!(インタビュアー中村)