vol109 株式会社フォーシーズ 鵜沢孝一社長
今週のパック・エックス通信「TOPから学ぶ」は、株式会社フォーシーズの鵜沢孝一社長です。
新卒でパチンコホール企業に入社し、現在は株式会社フォーシーズの社長を務められています。
ご自身でも「恵まれている」とおっしゃるように、社長になるという滅多にないチャンスを掴んだ鵜沢社長。
鵜沢孝一氏
桝屋グループ株式会社フォーシーズ 取締役社長
1974年生まれ。法政大学卒業後、パチンコホール企業に新卒で入社。その後コンサルティング会社での勤務などを経て、桝屋グループ株式会社アクティベートの代表取締役社長に就任。現在は同グループの株式会社フォーシーズの取締役社長として、不動産事業も手掛けている。
―本日はよろしくお願いします。鵜沢社長は新卒でパチンコ業界に入られたとのことですが、そのきっかけは何だったのでしょうか?
私が就職活動を始めたのは、周りの友人たちが内定をもらい出したGWの頃でした。 その頃になってようやく、自分のやりたい仕事について考えるようになり、やはり好きなことを仕事にしたいと思うになりました。 そう考えながら就職情報誌をみていたら、パチンコホール企業が何社か掲載されているのを見かけました。パチンコホールも大卒を採るんだな、というのが最初の印象でしたね。 パチンコは好きだしおもしろいかもしれないと考え、何社か会社説明会に行ってみることにしました。 その中で最終的に受けたのは、2社で、そのうちの1社が新卒で入社することになるT社です。
―なぜT社に入社しようと思われたのですか?
大きなチャンスを感じたからです。 当時のT社は、“パチンコ屋”という感じで、まだまだ組織としては固まっていなかった印象があったので、いろんなことができて、早く出世できるかもしれないと思いました。 面接が終わった後に、それまで食べたことないようなステーキを食べさせてもらったんですが、ここに就職したらこんな食事ができて、こんな風に人をもてなすことができるんだと感激したのを覚えていますね。まずはここでがんばって、いつかは自分の店を持てるようになりたいと思いました。
―T社様に入られていかがでしたか?
約5年間でしたが、様々なことを経験させていただきました。店舗運営のことはだいたいやらせてもらいました。本当に感謝していますよ、周りに恵まれていたと思います。 当時の私は、歌舞伎者だったんですよ(笑)。 入社したときは派手な色に髪を染めていて、当然先輩には怒られるんですが、「仕事ができたらなんでもいいだろう」と考えていたので、かなり反発しました。 今思うと本当に申し訳ないと思うんですけどね(笑)。 でも社長や専務を始め、たくさんの方に可愛がっていただいて、何かプロジェクトがあると、自分からも手を挙げましたし、声がかかることもありました。
―では転職をしようと考えたきっかけはなんだったのでしょうか?
もっと外の世界を見てみたいと思うようになったことでしょうか。 24才になった頃、私は副主任になっていたのですが、自分の社会的価値がどれくらいなのかを知りたいと思うようになったんですね。 会社に不満があったわけではなく、自分が任されている仕事の範囲やレベルは、他社と比べてどうなのかを知りたかったんです。 そこで、転職活動をすれば、いろんな会社を見ることができるし、自分の評価もしてもらえるのではと考えました。 そんなときにたまたま雑誌でパック・エックスさんの転職サービス(パチンコキャリア)を見かけ、登録することにしたんです。 それからパック・エックスさんが主催されていた若手のホール社員の交流会にも参加するようになり、他社の方との交流が広がっていきました。 自社のよさも改めて感じましたし、よい刺激をたくさん受けました。 そんなときに、ある会社と出会ったことで、転職を決意することになりました。それが2002年のことです。
―その会社のどういったところに惹かれたのでしょうか?
その会社は、経営コンサルティング、資金調達のサポート、店舗物件調査などさまざまなサービスで、パチンコホール企業をサポートするというユニークなビジネスモデルの会社です。 パチンコホール企業では経験できないような仕事ができるのではと考えたんです。
―実際に働いてみてどうでしたか?
自分の無力さを感じましたね。 最初の頃はパソコンの操作もわからないし、ビジネスマナーもよくわかっていなかったので、取引先に電話をするにしても、どんな話し方をすればいいのかがわかりませんでした。 それから、営業スタイルの違いにも戸惑いと難しさを感じました。 パチンコホールはお店を構えてそこにお客様に来て頂く営業スタイルですが、新しい会社ではアポイントを取って訪問し、提案して受注するという営業スタイルです。 そのため、お客様へのアプローチの仕方がまったく違いますし、必要な知識も当然ながら違います。 その会社で勤務したのは1年半と短い期間でしたが、ビジネスの基礎や、アイデアを学ばせていただき、とても貴重な経験になりました。
―その後はどのようなお仕事をされていたのですか?
その会社で上司だった方と一緒に仕事をすることになりました。 その方がパチンコホール企業の営業コンサルティングを行う会社を立ち上げ、そこに加わるという形でした。 ですが最初の1年は苦しくて、どうにか2人分の給料があるくらいでした。 道が開けたのは、ある経営者の方との出会いです。 その方からお仕事を頂き、実績を認めてもらえたことから、また別のお客様を紹介していただき、それをきっかけに口コミでどんどんお仕事を頂けるようになりました。 私はこれまでもずっと、周りに助けてもらってここまできました。ですからいつも感謝の気持ちを持っているのですが、そのように考えられるようになったのは、こういった苦しい時期を経験できたからだと思います。
―アクティベート様とはどのようなきっかけで出会われたのですか?
営業コンサルティングの会社時代に、アクティベートのオーナーとなる方と出会いました。 アクティベートという会社は、桝屋グループの子会社なのですが、もともとは同じグループ内の別の会社がパチンコホールを経営していました。 まずはそこにコンサルタントとして関わるようになりました。 グループ内で新たに会社を立ち上げるということになり、オーナーから一緒に会社を設立しないかと声をかけて頂きました。 そうして誕生したのが株式会社アクティベートで、私は2008年に役員に就任し、翌年には代表取締役社長に就任しました。
―役員に抜擢されるというのは、滅多にないチャンスかと思いますが、実際になってみてどうでしたか?
正直なところ、燃えつきましたね。 実はずっと役員になるのをためらっていました。というのも、「社長になったら終わりだ」と考えていたからです。 私は新卒でこの業界に入ったときに、いつかは自分の店を持ちたいという夢を漠然と持っていました。 ですが実際に働きだすと現実が見えてきて、実現するのはとても難しいということがわかってきました。 パチンコホールをオープンさせるためには莫大な費用がかかります。自分で起業して店を持とうと思ったら、相当な額の資金調達を行わなければいけません。 パチンコホール企業は世襲のところが多いので、出世して社長になるというチャンスもなかなかないと思っていました。 でも、難しいからこそ、挑戦したいという気持ちにもなりました。 オーナーから「社長にならないか」と声をかけて頂いたことは、とても嬉しかったです。ですが、夢を実現させてしまったらその先どうやって生きていけばいいのかわからないと思ったんです。
―最初は戸惑いの方が大きかったのでしょうか?
そうですね、自分が何をすべきかがよくわからなくなる感覚がありました。 例えば予算を立てるだとか、事業計画を立てるといった仕事は営業部長も行います。社員と役員の違いというか、経営者としての仕事が何なのかがわからなかったのです。
―そういった状況はどのように変えていったのでしょうか?
やはり周りの仲間に助けられました。 特に幹部たちが、私にいろんなことを提案してくれました。例えば経営理念をつくりましょうと提案してくれたのも幹部です。そうやってどんどん新しい課題を与えてくれることで、また新たな夢を持って仕事ができるようになり、自分がすべきことが何なのかが明確になっていきました。
―現在は株式会社フォーシーズの取締役社長になられたとのことですが、どのようなお仕事をされているのでしょうか?
フォーシーズでは、不動産事業などを行っています。桝屋グループ全体の採用にも携わっているので、アクティベートでの仕事も続けています。
―ご多忙かと思うのですが、何が鵜沢社長の原動力になっているのでしょうか?
T社時代のつながりは大きいです。 T社を辞めるときに、みなさん本当に快く送り出して頂きました。今でも交流があるので、会ったときにダメな姿ではなく、がんばっている姿を見てもらいたいんです。 今T社で働いている人に、自分のように「T社を卒業した人が活躍している」というのを知ってもらい、自分たちもがんばろうと思ってもらえるような存在でありたいと思っています。 実は、私はこれまでの人生で後悔することはほとんどないのですが、ひとつだけ後悔していることがあるんです。 それは、かわいがって頂いたT社の社長や専務に、退職するときにきちんと挨拶ができなかったことです。 会社に不満があって辞めるわけではなかったので、どう話していいかがわからなかったのです。その頃は社会の常識もまだよくわかっておらず、直属の上司にだけ挨拶して退職しようと思っていました。 ですが、最後の出勤日に、専務が自ら店に来てくださったんです。 でも、「辞めちゃうんだ、残念だ」とおっしゃったのに対して、「はい」としか返せませんでした。 それが本当に後悔ですね。今も連絡は取らせて頂いているのですが、当時の事はまだ謝罪ができていないんです。きちんと感謝の言葉を伝えたいですね。
―それでは今後、どんな会社にしていきたいと考えていらっしゃいますか?
夢を持てる会社です。 この業界に入ってくる人の中には、いつか自分も社長になりたいと考えている人もいると思います。ですが、徐々に現実が見えてくると諦めてしまう人も少なくありません。 私はとても恵まれていると思います。オーナーと出会ったことで、私は社長になるというチャンスを得ることができました。 やはり社員と役員では、見える世界が違います。多くの人にその違いを体感してほしいと思っています。 今はなかなか夢を持つということが難しくなってきています。というのも、昔よりポストが少なくなってきているからです。 だからこそ、私はポストがある、夢を持てる会社をつくっていきたいんです。
―最後にこの業界の方へメッセージをお願いします!
前を向いていきましょう!ということです。 私はいつも元気よくふるまうようにしています。なぜかという、私が元気がないと、周りにもよくない影響を与えてしまうからです。 これは人だけでなく、社会全体にも言えることだと思います。 何かと暗い話題も多いですが、だからといって後ろ向きになっていても、状況はよくなりません。前向きに、自分にできることが何かを考えて動いていくことが必要なんだと思います。
―ありがとうございました!