パックエックス通信

株式会社Leeホールディングス、李大成専務取締役 TOPから学ぶ前編

岡山県と広島県にマルハチの屋号11店舗を運営しているLeeホールディングスの李大成専務取締役にインタビューをさせて頂きました。前編では、会社の歴史、入社するきっかけ、社内改革について赤裸々に語って頂きました!

まずは、御社の歴史について教えてください。

元々は祖父が徳島県でガラス屋を営んでいて、そこから新たな商売としてパチンコ店を始めたと聞いています。1953年頃の話なので、半世紀以上前です。

父は入社してから事業拡大を目指して岡山県に身を移し、新たな土地でパチンコ店を開業。それが、現在まで続いています。

李専務はいつ入社したのですか。

2002年1月です。大学卒業後、母国の韓国へ留学した後に入社しました。

韓国への留学は、元々計画していましたか。

いいえ。私は在日3世で、日本語で育ち、日本の学校を卒業しているので、母国について深く知りませんでした。

留学のきっかけは親の提案を受けたことです。当時、大学4年生だったので「就職活動をしなくて済む!」と思って二つ返事でOKしました。

韓国の留学生活はいかがでしたか。

とても居心地が良くて。ちょうど日韓ワールドカップが開催される時だったのでまちには活気があったし、もっと長くこの環境に身を置きたいから、両親に延長を申し入れようと考えたくらいでした。

韓国語は留学当初、一切話せませんでしたが、過ごすうちに自然と話せるようになっていました。

でも、実際は頼まなかったんですよね。

そうです。実は留学中に父が病気に罹ってしまいまして。早く日本に戻って仕事をして、家族を支えなければという気持ちが強くなり、結果、韓国留学は1年半で切り上げることになります。

その後入社ということですね。

すぐに親と電話で話し、家業を手伝う旨を伝えました。2002年1月に帰国してすぐに入社。ホールスタッフとしてキャリアをスタートさせました。

李大成/株式会社Leeホールディングス 専務取締役。大学を卒業してから韓国へ1年半留学。帰国後、2002年1月に祖父が運営する同社へ入社。

入社当時の経営陣は。

祖父が会長で父が社長でした。

ホールスタッフとしてのキャリアについて教えてください。

数ヶ月ごとに店舗異動をして、色んな店舗で経験を積むということを2年間していました。

パチンコやパチスロのことが全く分からなかったので、まず知ることから始まりました。仕事は実務経験を通じて身に付けましたが、覚えることが多くて毎日必死でした。

当時の思い出はありますか。

分からないことは多いけど、これは明らかに違うなと思うことも結構ありました。例えば、パチンコ・パチスロを知らないお客様に色んな質問されても、すごく不親切に接客対応したり。勇気を出してパチンコを遊んでみようと来店してくれたのに、適当な応対をするのは理解できませんでしたね。

他にも、店舗にかかってきた電話に対して、接客業とは思えない口調で対応していたり。誰と話しているのか分かりませんが、誰に対してもその応対は間違っています。このままでは会社が発展しないと思いましたね。

現状を変えて行かなければならないと感じたんですね。

そうですね。現場勤務後は本部へ異動しましたが、そこで全店舗の接客担当を仰せつかり、抜本的な改善を進めました。

それぞれの店舗が店長の独自カラーに染まっているので、それらに正しい接客を伝え、統一させて行くのにはとても苦労しました。

自分よりも社歴が長かったり、年齢が高い社員も多かった。

それもありますが、店長には、今までお店を第一線で守ってきた自負もあるし、様々な価値観や感覚、正義感を持っていますから。そこを尊重しながら、でもここは譲れないから直して、ということを繰り返して。

膝を突き合わせてたくさん話し合いあったので、徐々に良くなって行きました。この経験は私にとって大きかったですね。

李専務にとって、思い入れのある取り組みなんですね。

この経験があったからこそ、人として一回り大きくなれたと思うし、周りに対する気遣いが出来るようになったと思っています。

その当時の店長はまだ在籍していますか。

今も頑張ってくれている店長は、その取り組みに理解をしてくれた店長たちですね。この時取り組んでいたのは、お客様をはじめ、周囲の人に対する根本的な姿勢の改善。

だから、心で理解出来なければ面倒臭い以外の何物でもない訳で、やらされていると思っている店長は居心地悪くなって、中には辞める人もいました。

経営陣の考え方はどうだったのでしょうか。

父らは大きく賛成してくれていました。その後、もっと大きな枠組みの中で、会社の文化や価値観を変えて行こうとなり、変革がスタートしました。

社員にとって、会社は経済活動だけでなく人間形成の場所でもあり、管理職は能力者と同時に人格者でなければいけない、という変革です。

なるほど。

初めのうちは、会社の文化はこれ、価値観はこれ、と言い伝え続け、ある程度浸透した後は、細かいことは言わず、社員に任せようとなりました。

なぜ任せようとなったのですか。

例えば、身だしなみの規則を作っても、何故そうなのかの根本を理解していないと、その人が部下や周りに正しく伝えることが出来ません。マニュアルがあれば、それ通りに行うことが正しいのでしょうが、実際現場に出ればイレギュラーの連続。仕事の現場では柔軟性が必要です。

そう言った意味でも、社員それぞれは言われたことを守るだけではなく、自分で考える癖を付けてほしい。その結果、正しい判断が出来る力を養い、自己成長してほしいと思って、任せるスタンスにして行きました。

後編に続く

 

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