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株式会社ジュピター、鈴木靖裕社長 TOPから学ぶ前編

株式会社ジュピター、鈴木靖裕社長

ジュピター屋号で静岡県、茨城県、千葉県に5店舗のパチンコ店を運営している株式会社ジュピター。代表取締役を務める鈴木靖裕社長のインタビューをお送りします。
前編では入社に至る経緯、パチンコ事業に参入することになったきっかけ、店長に必要な資質などをお聞きしました。

 

本日は宜しくお願いします。まずは会社について教えてください。

当グループの母体であるアサヒハウス工業株式会社は、戸建住宅やマンションの販売、商業施設の開発などを行ってきた会社です。販売から開発、建設と事業領域を拡大する中で土地や不動産の賃貸業も手掛け、会社は順調に成長していました。

賃貸業のお客様にはパチンコホール企業がいくつかあり、当時のスロット4号機時代の波に乗り、とても勢いがあったそうです。それであれば、土地や不動産を貸すだけでなく直営しようとなり、平成10年に株式会社ジュピターが設立されました。

そうなんですね。鈴木社長はパチンコ店の経験を経てジュピターに入社したのですか。

いいえ。平成6年にアサヒハウス工業株式会社へ新卒入社しました。そして、直ぐにつまずきました笑。

えっ?

入社した年のゴールデンウィーク明けに具合が悪くなって。研修の説明が全く頭に入らないくらいの立ち眩みが襲い、これはまずいと思って病院に行ったら腎臓が悪いということで。透析が必要なレベルだったので即入院でした。

これから社会人としてガムシャラに働くぞ!というタイミングだったので。よく状況が理解出来てなくて、とにかくショックでしたね。

そんなことがあったのですね。

入院中に課長がお見舞いに来てくれたのですが、「お前、もう働けないな」の一言。これは効きました。

何とか退院して、とにかく社長に挨拶に行こうと社長室を訪ねたら、「これから同じ釜の飯を食うんだから体を大事にしろよ」と。この優しさが心に沁みました。これからも会社で働いていいんだ、この社長の会社に入ってよかったと心底思いましたね。

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鈴木靖裕/株式会社ジュピター 代表取締役。1970年生まれ。平成6年にグループの母体であるアサヒハウス工業株式会社に入社。5年間営業を中心に経験したのちに株式会社ジュピターの立ち上げに参画。2016年に代表取締役就任。

なるほど。復帰してからの状況は。

1日置きに4時間の透析治療が必要な中、このハンディキャップを背負ってもとにかく数字で貢献しようという想いが強かったので 一番厳しそうな20歳年上の先輩に頼み込んで営業同行をしてもらいました。

20歳年上の先輩は厳しそうではなく、滅茶苦茶厳しかった笑。厳しい教育と透析治療による限られた時間が自分を成長させてくれました。それから営業をしていた4年間、トップクラスの成績を出し続けることが出来ました。

すごくタフですね!パチンコ事業に関わるきっかけを教えてください。

営業から本社の企画室に異動した年に、株式会社ジュピターが設立されて、すでに1号店のジュピター伊左地店がオープンしていました。その頃の私は、地主さんに交渉して野立て看板を立てさせてもらう仕事をしていました。

ちょうど2号店のジュピター厚原店を出すぞ!という計画を社長が進めているタイミングで。企画室から現場に行けと指示を受けました。

企画室の先輩たちは行きたがらないけど、社長に恩を返せるし、個人的にはチャンスがあると思っていました。そこで、営業時代のスパルタ上司とパチンコ店の立ち上げに参加しました。

現場の状況はどうでしたか。

実は、1号店の営業はうまく行っていなくて、2号店のジュピター厚原店が失敗したらパチンコ事業は撤退で、個人的には初戦なのに追い込まれていました。

ジュピター伊左地店からのヘルプ人員はいるけど現場の統率はとれていなくて、混乱しながらオープン当日を迎えましたが、開店と同時に店内はお客様で溢れ、立ち見が出るほどの盛況振り。この時に、パチンコ店の仕事っていいな、これからもやっていきたいなと深く感じたのを覚えています。

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2号店以降の出店はどのように進みましたか。

毎年1店舗ペースで新規出店を続けて平成19年には10店舗に到達しました。この拡大期の前半では、土地探しから許可申請、オープンまでの準備と責任者としてほとんど新店立ち上げに参加していますので毎日バタバタでしたね。

その後は周りに競合店が出来たり、それぞれ環境の変化もあって不採算店もありました。不安定な店舗を運営し続けるのはリスクもあるので、より筋肉質な体制にするために不採算店を閉店。現在の5店舗体制になっています。

責任者として多くの新店を立ち上げた経験で、店長に必要な資質は。

先のことを考えて行動できることですね。パチンコ店の対応は、例えばランプが付いたから、機械や設備が壊れたからなど、元に戻すための作業が多い。パチンコ店を運営していると毎日いろいろなことが起きるわけで、それぞれを一生懸命対処して働いた気になってしまう。稼働が上がった、下がったに一喜一憂している。それって一歩も前に進んでいない。そういう状況に気付かず、場当たり的で発展性のない行動を取っている人は数字が付いてこないし、これからの時代さらに厳しいでしょう。

パチンコ店はお店を開ければ売上0の日はまずない。そういう意味でも待ちの姿勢や発想になりがちで、どうしても自由で楽な道を選択してしまうんです。仕事が出来る人、成長している会社は未来を見据えていますから。

―後編に続く

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