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株式会社アミューズ、岩谷和馬常務 TOPから学ぶ

岩谷和馬/株式会社アミューズ 常務。大学卒業後の2012年に株式会社アミューズに経営企画室室長として入社。2013年に常務に就任。現在に至る。

今回は株式会社アミューズの岩谷和馬常務に登場いただきました。昨年常務に就任され、スピード感を強みとした組織づくりを行われています。入社されるまでの経緯、入社後に配属された経営企画室のお話や常務就任後に取り組まれてきたこと、そして今後のビジョンについてなどを伺いました。

本日はよろしくお願いします。まずはこれまでのご経歴をお伺いしたいと思いますが、岩谷常務はいつ頃から会社を継ぐということを意識されていたのでしょうか?

小さい頃から潜在的に意識していたのだと思いますが、はっきりと継ごうと思うようになったのは大学に入学してからです。社長である父は、私が生まれた時から私に会社を継いでほしいと思っていたようで、小さい頃から経営者になるための心構えをいつも教えてくれました。

子供の頃の思い出で印象に残っているようなことはありますか?

小学校1年生の時に宿題はやったかと聞かれ、やっていなかったのですが遊びに行きたくて「やった」と嘘をついたことがありました。当然ですがすぐにばれてしまい、「そんなことじゃ上には立てないぞ」と叱られました。

当時はあまり実感が湧きませんでしたが、嘘をついていると誰も信じてくれなくなるし、共感してくれなくなる。つまり、上に立つ人は正直であるべきだということを教えてくれました。

子供の頃から入社するまで、「会社を継ぐ」という気持ちに変化はなかったですか?

小学校5年生くらいから父に反抗するようになり、それが高校1年生くらいまで続きましたね。その頃は父に期待をされることが、プレッシャーでした。それもあって一度は音楽の仕事がしたいと思ったこともあり、父にもそう伝えました。父は賛同するでも反対するでもなく、「自分のしたいようにしたらいい」というような反応でした。今思えば、音楽の道に行ったとしても、いずれは私が会社を継ぐという決断をすることを分かっていたのかもしれません(笑)。

大学に入学した頃には会社を継ぐという意識を持ち始めたとのことですが、何かきっかけはあったのでしょうか?

自社の吹田岸辺店でのアルバイトをしたことが大きかったです。大学に入学してすぐに社長から声をかけられて始めたのですが、最初は将来を見据えてというよりも、パチンコと接客に興味があったので、普通のアルバイトと同じような感覚で働こうと思いました。

働いてみて感じたのは、「パチンコは人の心を動かす」ということでした。私が音楽の仕事に就きたいと思ったのは、音楽は人の心を大きく動かし、感動を与えるものだと思ったからです。実際にホールスタッフをしてみて、パチンコにも同じような力があるんだと思うようになりました。パチンコホールという場所には様々なお客様がいらっしゃいます。パチンコをすることだけが目的ではなく、スタッフや店舗内で知り合った方とお話するのを楽しみに来られる方もいらっしゃいます。さらに勝った負けたがあるからいろんな感情が生まれます。理論上は1,000台設置している店舗であれば、1,000人のお客様が心を動かされているということになります。そこに大きな魅力を感じました。

それに当時も今も吹田岸辺店は年配のお客様が多いので、スタッフを子供や孫のように可愛がってくださる方も多く、働いていて楽しいなと思いました。

そんなこともあり、この業界に入りたいと強く思うようになりました。

大学卒業後すぐに御社に入社されたのでしょうか?

はい。自分の進みたい道が決まっているのだから、スピードに勝るものはない、すぐに入社しようと思いました。若い方が先入観に捉われず、いろんなことに疑問を抱きやすく、この会社をよりよくするための新しい発想を持てるのではとも思いました。

大学時代には卒業後すぐに自社に入社することを考え、他社さんでもアルバイトをさせてもらいました。それぞれの店舗でのオペレーションや接客はどのように行われているのか、企業理念や行動指針はどのような考えでつくられ、どのように行動に生かされているのかを学ばせてもらいました。

入社にあたって社長からは何かアドバイスはありましたか?

アドバイスというより、どういうことを期待しているかという話はありました。社長が私に期待しているのは、第三者的な目線で会社を見てよりよくするために必要なことをどんどん見つけて、改善していってほしいということです。家族なので社長が会社をどのような方向性に持っていきたいかということはよく分かっていました。その上で第三者的な目線を持てるというのが私の強みだと言われました。

では御社に入社されて最初はどのようなお仕事をされていたのですか?

最初に配属をされたのは経営企画室という部署で、いきなりその室長を任されました。経営企画室は私が入社した時に設立された部署なのですが、それまでは会社全体を見る部署は存在していませんでした。私に与えられたミッションは、会社の問題点を見つけそれを改善していくためのアクションを起こすということでした。

その頃苦労したことというと、どのようなことがありますか?

私が目指すことをみんなに理解してもらうことが難しかったです。本当に毎日不安で、格闘する日々でした。大学卒業してすぐの若造がいきなり来て、それまで自分たちがやってきたことを「これは違うんじゃないですか」と否定すれば、既存の社員さんたちが反発するのも当然です。私には実績もなかったですし、自分が目指していく方向性を伝えたところで説得力もありませんでした。

どのようにして理解をしてもらっていったのですか?

特効薬はないので毎日声をかけて話すということを繰り返していました。本当に少しずつですが、理解し、共感してくれる人が増えていきました。そうやって共感してくれる人が増えてくることで、自分の目指す方向性は間違っていないという自信になり、改めてこうしていきたいという気持ちが強くなっていきました。そうやって徐々にみんなを巻き込んでいきました。

常務になられたのはいつ頃ですか?

2013年の5月末です。年始にお話はいただいていたのですが、その時はお断りしました。もう少し実績を作ってからと考えていましたし、私の年齢で常務になるというのは社外からの反応がよくないのではと思ったからです。

ですがやはりリーダーとして会社を変えていこうと考えたときに、常務という立場は必要だと思うようになりました。決裁権が大きくなるので、影響力も大きくなります。それにより、変化のスピードが上がるのではと考え、最初に考えていた時期よりは早かったですが、引き受けることにしました。

実際に常務になられていかがでしたか?

やはりスピードが上がりましたね。私の決裁できる範囲が広がったので、例えば店舗から上がってきたアイデアで、私がいいと思ったことは私の決裁だけですぐに動けるようになりました。私は中小企業の強みはスピード感であると考えています。今はまだ成長途中であるとは思いますが、少しでも先へ行こうという体制へと改善されてきていると感じています。

強みであるスピード感を持ち続けるために、何か工夫されていることはありますか?

以前から全体会議を週1回やっているのですが、それに加えて月に2回、店舗ごとに個別に直接会って打ち合わせをするようにしました。販促や接客に関することを1つ1つ具体的に詰めていくには、少人数の方が意見も出やすいですし、細かい部分まで確認していくことができると考えたからです。

最初は個別にしても、あまり意見は出ませんでした。そこで発言をしやすい環境を作ろうと思い、少し話を脱線させてみたり、会議前にプライベートな話をしてみたりしました。そうすることで、徐々に会議でも意見が多く出てくるようになりましたし、店長から私に直接電話がかかってくる回数も増えました。

スピード感を出していくためには、家族のように分かり合え、円滑なコミュニケーションが取れる体質の会社になることが必要だと思います。

そういったお考えはどういうところから生まれたのでしょうか?

やはり社長の影響だと思います。私が学生の頃からそういった話をよくしてくれていました。当時は言葉として頭の片隅に入れておくくらいのことしかできませんでした。

ですが、実際に自分が社会に出て、失敗と成功を繰り返すことによって改めて社長の言っていたことが理解できるようになってきました。今では社長の言葉が自分のものになってきていると思います。

現在常務として意識をしていることは何ですか?

お客様第一という考えを忘れないということです。

私は自分の座右の銘として、「厭離穢土欣求浄土」という言葉を大切にしているんです。これは徳川家康の言葉なのですが、「戦国の世は、誰もが自己の欲望のために戦いをしているから、国土が穢れきっている。その穢土を厭い離れ、永遠に平和な浄土をねがい求めるならば、必ず仏の加護を得て事を成す」という意味です。「大衆のために」ということを大切にしようということを言っているんですよね。

これは自社においても同じことが言えるんじゃないかと思ったんです。会社が存続するためにはお客様に愛されることが必要です。なぜならお客様が来てくださるからこそ、利益が生まれるからです。お客様への還元と、コストのバランスを取るのは難しいですが、この言葉を大切に日々試行錯誤しながら取り組んでいます。

では常務はどのような方と一緒に働きたいと思われますか?

一つは人柄がよいことです。

ホールの運営はチームワークが重要です。アルバイト、店長、主任、たくさんの人がいます。個人の能力がいくら高かったとしても、周りの人を巻き込み、協力し合うということができなければ、よりよい店舗づくりはできません。ですから自分の考えをしっかりと伝えられること、人に好かれる人であることは重要視しています。

もう一つは夢やビジョンを持っていること。

夢やビジョンを持っている人はそれを信念として持っているので、挑戦し続けることができると思うからです。私自身、入社した当初は何度も壁にぶつかり、心が折れたこともありました。ですが、夢やビジョンがあったから挑戦し続けることができたんです。

あの頃が私の人生の中においても大きな転機でしたし、自分が体験してきたからこそ、自信を持って夢やビジョンを持つことの大切さを話すことができるのだと思います。

常務が入社当初から描かれている夢やビジョンはどのようなものでしょうか?

リーディングカンパニーとして業界を変えていきたいということですね。パチンコの遊技者の減少、遊技単価の上昇など、様々ありますが、パチンコ業界が生き残っていくためにはやはりお客様に喜んでいただけるお店をつくることが重要だと思います。業界を変えていくためにも今は日本一の企業になることを目指しています。

最後にパチンコ業界の方々へメッセージをお願いします。

私は昔のように、パチンコホールをふれあいの場、憩いの場、癒しの場にしていきたいと考えています。30年、40年、50年先にもパチンコという文化が大衆娯楽として愛されるように、一丸となって業界を盛り上げていきましょう!

ありがとうございました!

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