べラジオさま前編

今回はベラジオコーポレーション株式会社の垣内 規利社長に登場いただきました。

いちアルバイトスタッフから社長にまで昇り詰められた垣内社長。
前編では経営者となるまでのターニングポイントとなった出来事を中心に伺いました。

プロフィール
垣内 規利 氏

ベラジオコーポレーション株式会社
代表取締役社長
1973年和歌山県生まれ。弁天センターでのアルバイトを経て2000年にベラジオコーポレーション株式会社に入社。2010年に取締役社長就任し、 2013年4月より代表取締役社長に就任。現在は大阪府・兵庫県で19店舗、グアムで1店舗を経営する。

べラジオさま

―垣内社長、本日はよろしくお願いいたします。まずはこれまでのご経歴から伺いたいと思います。

26歳の頃にベラジオコーポレーション株式会社の全身である、弁天センターにアルバイトとして入社しました。
それまでは和歌山県でいろんな仕事をしていました。一番長かったのは4年間勤めた建築系の会社です。
弁天センターとの出会いは、大阪に来てすぐの頃でした。
それ以前から大阪に行きたいと言う気持ちがあり、私は大阪に住んでいる妹の家に1ヶ月程居候していました。
仕事を探さないとな、と考えながらたまたま入った中華料理店で弁天センターのアルバイト募集広告を見つけたんです。
謳い文句が「豪華ワンルームマンション入居可!」。今でも思い出します(笑)。
そろそろ妹の家から出なければ行けないと思っていたので、それが決め手になって応募しました。
面接に合格し、無事入社の運びとなったのですが、当時は半年働けばいいだろうくらいの軽い気持ちしか持っていませんでした。

―垣内社長にとってターニングポイントになった出来事はどのようなことでしょうか?

最初のきっかけは、ベラジオコーポレーション株式会社の設立です。
弁天センターのさらなる発展のために、当時の社長は息子である現会長の林田キャップを呼び寄せ、当社を設立しました。
その際に弁天センターに勤めていた数人がベラジオコーポレーション株式会社に移り、私もその一人として、副主任として入社しました。

設立当初は朝の8時に出勤して翌日の朝5時まで働き、また8時から出勤するような生活が1ヶ月半程続きました。
周りの皆も頑張っていましたし、やるしかないという一心で一生懸命働きましたが、本当に辛い日々でした。
それでも辞めなかったのは、林田キャップからの言葉でした。
直接聞いたわけではないのですが、ベラジオコーポレーション株式会社設立の際に、キャップが私のことを「あいつは会社に必要な人間だ」と仰ってくださり、それで私は副主任として入社させてもらえたそうなのです。
その想いに応えたいと強く思いましたし、それが当時の私のモチベーションになっていました。
その言葉がなければ、今の私はなかっただろうと思っています。

―その後経営者になられた現在につながるまでのきっかけのようなものはありましたか?

一番大きかったのは、林田キャップに「こんな大変な中でよう頑張ってくれてるな、ありがとう」と言われたことです。
嬉しくて、本当にその場で泣き崩れました。

というのも、その頃私は初めて店長を任せていただいていました。
しかし、任された店舗は稼働が芳しくなく、予算もあまりない状態でした。それでも私の他にいた2人の社員と皆で必死に考え、「人」の部分で変えるしかない!と、とにかくお客様に喜んでいただけるよう、徹底的な顧客満足の追求に取り組みました。

その結果、その店舗で過去最高の業績を上げることができたんです。そのとき初めて店舗に林田キャップが来てくださり、そして「ありがとう」と言ってくださったんです。

実はそれまで、私は林田キャップは自分のことは見てくれていないと思っていました。
ところが、林田キャップは、私たちのことをちゃんと見てくれていた。そして認めてくれた。それが本当に嬉しかったんです。
このとき改めて、会社のため、お客様のため、仲間のため、そしてキャップのためという“想い”が生まれました。私自身がとても成長するきっかけになったと思っています。

―ご自身の中で、特に変わったと思われるのはどのような点ですか?

以前は周りの人と自分を比べることが多かったと思います。

ベラジオが設立され、知らない人がたくさん入ってきました。
同僚はみな優秀で、絶対に負けたくないという思いで必死に勉強しました。
特に悔しかったのが、同僚たちがキャップとよく話をしていることでした。嫉妬心でもあるし、劣等感のようなものでもあったと思います。
キャップはきっと自分のことは見ていないだろうと思っていました。

ところが、キャップに「ありがとう」と言っていただいて、それが間違いだったと気づいたんです。キャップは、きちんと見てくれている。がんばれば認めてくれるんだということがわかりました。
その1年後には別の店舗に異動になり、そこで1年経ったころに本部長に抜擢されました。抜擢されたときは嬉しさにまた泣き崩れましたね。
やはり結果を出すことが大事で、地位や名誉やお金はあとでついてくるのだと実感した経験でした。

それからは、人と比べるのをやめ、自分の理想と今を比べるという事を心がけるようになりました。

―本部長に就任されてからは、どのようなことに取り組まれたのですか?

一番力を入れたのは、決起集会の開催です。

ベラジオの決起集会は半期に1度、深夜の1時から始まり、朝の4時過ぎまで行われます。
代表挨拶や映像を用いて、会社全体で想いを共有する、一番「ベラジオらしい」場であると思っています。
優秀店舗の表彰だけではなく、昇進や降格まで様々な発表があるので、たった3時間程の中にもたくさんのドラマがありますし、全員に決起集会という場でメッセージを発表するということは、私自身未だにすごく緊張します。

―なぜ決起集会をしようと考えられたのですか?

決起集会を始めるまでは、一人一人が頑張ったら頑張った分だけの賞与がありましたし、店舗ごとや、いくつかの店舗間での食事会はありました。しかし会社全体での表彰制度や情報共有の場はありませんでした。より強い組織にするためには、そういった場も必要だと考えたんです。

―決起集会を始められるまでに、一番苦労されたことはなんですか?

なかなか企画を承認してもらうことができなかったことです。
会社全体となると、当然大規模な催しになります。最初は会社を1日休みにして開催するという計画を立てていたので、「なぜ営業を休まなければいけないんだ!」と取り下げられてしまいました。
次に現在の形である営業終了後を提案しました。それでもなかなか認めてはもらえませんでした。しかし私はこの決起集会は会社の発展に絶対に必要だと思っていました。企画を何度も練り直し、ようやく3回目で承認していただくことができました。

―御社の決起集会には、外部の方も参加されるのが印象的ですよね。

そうですね、当社では、社員を派遣してくださっている派遣会社さんに必ず毎回来てもらっています。派遣会社の方も派遣している社員さんが表彰されるのを見るととても喜んでくださいます。
いつの間にかそれが業者さんの間で噂になり、今では外部の方もたくさん来られますね。私たちとしては、興味を持ってくださった方であれば、どなたでもウェルカムです。私たちの想い、喜び、様々な感情を共有していただけたら、と思っています。

 

後半に続く(4/9up)

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