パックエックス通信

株式会社アイコー、岩本政之社長 TOPから学ぶ

岩本政之/株式会社アイコー 代表取締役。飲食業を10年経験した後、不動産業を経て再び飲食業へ。2002年に父がパチンコホールの経営を始めたことをきっかけに、パチンコ業界へ転身。現在は代表取締役として、富山県で「パチンコ&スロット半屋」を経営。年商100億円を目指している。

今週のパック・エックス通信は、株式会社アイコーの岩本政之社長です。お父様がパチンコホールの経営を始められたことをきっかけに、パチンコ業界へ入った岩本社長。最初は不安だったものの、今では「おもしろい!」と感じられているそうです。パチンコホールの経営に本格的にかかわるようになった頃までのお話や経営に本格的にかかわるようになった頃の周りの反応や、今後の目標についてをお聞きしました!

本日はよろしくお願いいたします。まずはこれまでのご経歴から教えてください。

この業界に入ったのは3年前です。親が商売をしていたので、これまでずっと一緒に仕事をしてきました。最初は飲食業で10年、その後は不動産業を行っていました。ただ、不動産業には仕事としてのおもしろさをあまり感じなかったです。

飲食業は、原価を抑えつつもお客様に満足される質を追求したり、店舗の清掃に力を入れて居心地のいい空間を提供できるようにしたりと、努力をする要素がたくさんあります。一方で不動産業はというと、いい物件やいい土地を持っていれば買ってくれる人がいる。努力をする必要があまりないというか、やりがいを感じづらかったのです。

それで何かが違うと思うようになり、また飲食業を始めました。その後、親がパチンコホールを経営することになったので、私もパチンコ業界に入ることになりました。

お父様がパチンコホールを経営すると聞いてどう思いましたか?

パチンコ屋が失敗したらどうなってしまうのかという不安はありました。ただ、そのときはまだ飲食をやっていたので、私はそちらの仕事がメインで、パチンコホールの立ち上げは父が行っていました。手伝える機会もあまりなく、うまくいけばいいねと思うくらいでした。

その後も私は飲食を続けたかったのですが、長男ということもあり、父の跡を継ぐことになりました。

パチンコホールに入られて、最初はどのようなお仕事をされていたのですか?

肩書きとしては部長です。ただ、それまでパチンコをやったこともなかったですし、部長といっても何をすればいいかわかりませんでした。何をするにも教えてもらうばかりの「ど素人」で、イン枚数って何ですか?という状態です。

ですから、最初はとりあえず店に行って、ずっとパチンコを打っていました。でもずっと負けてばかりで、なんでみんなやるのかと思いました。パチンコ屋の社長としては言ってはいけないセリフですが(笑)。

本格的に経営に携わり始めたのはいつごろからでしょうか?

自分が経営をしようと考えるようになったのは去年くらいですね。少し仕事を覚えてきた頃に、私が提案した施策がうまくいかず、赤字を出してしまいました。父に、「このままじゃ会社が無くなるぞ」と言われ、これじゃまずいと思い、真剣に勉強を始めました。

まずは会社の数字を見れるようになろうと思い、BSの見方を勉強しました。見方がわかってくると、何にどれくらいお金を使っているのかがわかるようになりました。そこで、入ってくるお金と出ていくお金をみて、削れるところを探して削っていくということを始めました。

とにかく無駄をなくすこと。削るべきか、そうでないかを見極めるのは重要だと思いました。飲食の時の経験で、人件費を減らそうとして人を減らしたら、ホールに人がいなくてお客様が来なくなってしまった、ということもありました。店舗内に人がいないと、さみしいですから。活気がないとお客様も来ないということですね。

初めて手ごたえのあった改革というと、どんなことですか?

まずは遊技台の見直しです。中古台をそれまでの倍以上に増やしました。3か月くらいすると、徐々にお客様の好みがわかってきました。50代以上の方は中古台でも気にならないようで、パチンコという遊び自体が好きだったり、お店に来ることが好き。30、40代くらいの方は、新しい台が定期的に入っていないと、飽きてしまって、お店に来てくださらなくなる。

中古台を増やして設定を甘くした方がお客様は喜ぶのではないかと考えていたのですが、全員がそうではないということがわかりました。若い方は特に、新しい台で勝ちたいというニーズがあることに気づきました。

そこでまた計画を見直して、台にかける予算を増やすことにしました。お客様の声を全て聞いてもだめだということも分かりました。あちらを立てればこちらが立たない。全ての方に満足して頂くのは難しいです。どういった方に来てほしいのか、ある程度ターゲット層を想像して、その方たちに満足してもらえるような特徴のある店舗づくりが重要なんだと思いました。今も日々改善ですね。

店舗の改革をすすめて行く上で、周りの反応はいかがでしたか?

最初は思うようにはいきませんでした。これまでやってきた人にとっては、自分のやり方を否定されるように感じてしまうのだと思います。

ですが、これまでのやり方を変えて、ダメだったらまた変えるから、と宣言し、自分の思うように改革を進めることにしました。そうするうちに、辞めて行く人も何人かいました。私は自分のいいところは、何もわからないまっさらなところだと思っています。ダメだと思えばすぐ変えることができるところ。それに合わない人は自然と辞めていきました。

そんな中で、あるときアルバイトスタッフの一人が私に声をかけてきました。彼はもともと大工をやりたくて、身内に富山で大工をやっている人がいたこともあって、富山にやってきた人物でした。

でも公共事業が削減されて、仕事がなくなって、パチンコ業界に入ってきました。パチンコ業界に入ったのは地元のパチンコホールがとてもアットホームな雰囲気で働いてみたいと思ったからだそうです。正社員としての入社を希望していましたが、当時の当社は社員が多くてもう枠がないということで、アルバイトからスタートしました。

そんな彼が、私に声をかけてきて、自分なりに考えた、店舗の改善点を提案してくれて、社員になりたいと、もっとここでがんばりたいと話してくれました。

すごく熱意があっていいなと思い、父に相談し、社員にすることにしました。彼はとても店の事を考えてくれていて、彼の意見を参考にやってみたら、うまくいったことが多かったんです。それから彼とタッグを組んで仕事をするようになりました。今では店長を任せています。社内で一番活躍していますね。

社長が一番大事にしていることはなんですか?

チャンスを逃さないということですね。たとえば、とある方の紹介でパチンコ業界の人が集まる同友会に行きました。せっかく紹介していただいたし、勉強をする大事な機会だと思って参加したのですが、今では参加してよかったと思っています。

同友会に参加して、どんなことがよかったと思われますか?

最初に参加したときは、こんなに真剣に意見を出し合って議論をするんだ、と驚きました。参加されているみなさんが、本当に真剣に業界のことを考えているんですね。そういう方たちとお話しができるというのはとても貴重な経験だと思います。私よりも経験ある方ばかりなので、刺激も受けますし、たくさんのことを教えていただいています。

やはり、経営が上手くいっている方というのは、どこかに共通点があるのだと思います。だからまずは先輩方のマネをしようと思いました。同友会に行ったら必ず何か一つは持ち帰るようにしているのですが、それを店長に共有して、自社にあうようにアレンジして実行するということを続けています。それを続けることで、業績が上がってきています。

最後に目標についてお聞かせください。

年商100億円にすることです。そのためにも、2号店を出したいと考えていています。業績を上げるために、客単価を上げるのではなく、客数を上げたいと思っています。客数を上げるためには、売り場面積を広げるということもひとつの手段だと考えています。

パチンコ業界に入ったばかりの頃に、「パチンコ業界は遊技人口が減っていて大変だ」という話を聞いたのですが、私はそれを聞いて、チャンスだと思いました。ネガティブにとらえている人が多いなら、ここで攻めの姿勢を取れば、この事業をもっと成長させられるのではないかと考えたんです。実際にまだまだやれることも多いです。

たとえば広告にしても、手法やタイミングなど、考えることはたくさんあります。大手と同じタイミングでチラシを巻いても、大手には勝てない。だったらタイミングをずらすとか、地域を絞るとか、工夫の余地はあります。できるだけコストを抑えて、効果のある方法がなんなのか、日々試行錯誤しています。

そういったことも、とにかくおもしろいですね。今は次の店を出すことしか考えていないです。

ありがとうございました!

関連記事