2012年最後の今週はTOPインタビュー番外編!居酒屋甲子園三代目理事長松田真輔さんです。


先日開催された第7回居酒屋甲子園決勝大会での総括が大反響の松田理事長。飲食店や映像制作会社を経営する傍ら、NPO法人居酒屋甲子園の理事長や全国各地での講演など多岐にわたり精力的に活動するその原動力とはいったい何なのか。自社にかける想い、そして飲食業界にかける想いとは?

それではどうぞ~

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TOPから学ぶ!番外編
居酒屋甲子園 松田真輔三代目理事長

松田真輔さん
株式会社OHANAグループ代表取締大将
NPO法人居酒屋甲子園三代目理事長

―本日はよろしくお願いします。まずは飲食業界に入ったきっかけから教えていただけますか?

初めてのアルバイトが居酒屋でした。当時は工業高校に通っていて、製図の授業が大好きだったんです。将来自分が設計した店で洒落たオヤジをやりたいと思って、18歳の時に飲食業界でやっていく!と決めました。
卒業設計で飲食店を設計したんですけど、その設計とそっくりのイタリアンレストランを見つけたんです。料理も美味しくて、働いている人たちも輝いていた。ここだ!と思ってそのまま事務所に行って、「修行させてください!」って言いました。三畳一間の寮生活。そこがスタートでした。

―そのお店では何年修行をしたんですか?

丸4年です。本当はもっといたかったんですけどね。その頃、父が事業で失敗して18億の借金を抱えたんです。家族がバラバラになりました。それでお店を辞めて一回家に戻りました。その後は別の会社で商品開発・店舗開発・人材育成などに携り、28歳の時に独立。自分の店を持つという夢を10年越しで叶えました。

―そのタイミングで何かきっかけがあったのですか?

その会社に、あるアルバイトの男の子がいたんです。彼はどんな仕事も続かず、どうしようもない子だった。その彼が、僕と出逢ってどんどん変わったらしいんです。そしてその変わり様を、彼の母と祖母が見ていた。刈谷市の駅前の物件でやらないか、とチャンスをくれたのが実はその2人なんです。彼はもちろん創業メンバー。幹部として今も一緒に仕事をしています。

―すごいですね。居酒屋甲子園も立ち上げから関わっていたのですか?

第2回大会からです。創業メンバーとはそれまで関わりは無かったんですよ。酒屋さんが居酒屋甲子園を教えてくれて、第2回大会に参加しました。そこからの繋がりですね。

―やはり理念に惹かれて?

いえ、僕自身、理念は後からでした。目的とか理念を語っていたり、大会を本気でやっている初代メンバーの本気さや熱意にはまったんですね。

―居酒屋甲子園の本質をどう考えていますか?

目的と理念の実行や実践の中に本質がある気がします。そしてそれが存在理由でもある。居酒屋から日本を元気にするために集い、共に学び共に成長し共に勝っていく集団になり、働く人がもっと誇りがもてる大会を作り上げる。大会はひとつの手段でしかないんです。もっと違う形で居酒屋から日本を元気にできる可能性もきっとたくさんあるし、だからこそ、迷ったら立ち戻るところは常に理念でした。

―理念にある、「共に勝つ」という言葉の真意はなんでしょう?

そこはすごく難しいと思っています。一緒に勝つってどういうことなんだろう?と。勝つって人それぞれ解釈が違うじゃないですか。それで良いと思っています。ただひとつあるのは、志に対して共に勝って行こう、というのはありますね。そのためにみんなで手を繋いで上がっていこうって。そうすると、地域で勝つとか、自店の売り上げだけ、とかそういうことではなくなるので。

―なるほど。居酒屋甲子園に参加する店舗様は、何を求めて参加していることが多いのでしょうか?

様々だと思います。力試しをしたいっていう人もいれば、居酒屋甲子園に関わることでモチベーションがあがる人もいる。僕なんかは全国で自店がどのくらいのレベルにいるのかが知りたかったのが一番最初の動機。本当に良いチームを作っていくために学んで活かすって人もいるし、今の実力を知りたいからってスタッフに言わずに参加する経営者もいる。本当にいろいろです。

―2次予選までは覆面調査ですよね。3次予選以降のプレゼンなどはどのようにして選考を行っているのですか?

繁盛店だから覆面調査の点数が良いわけではないし、繁盛店でも覆面調査の点数が悪いお店もある。ですから実際の経営指標を見ています。売り上げとか人件費とか、店舗のコンセプトや売りとか。書類審査は理事メンバーだけでなく、酒屋さんや業界紙の編集長など業界関係者50人~60人でやります。票もわれるし時間はすごくかかりますが、覆面調査だけでは見えない部分が多くありますからね。

―理事長を務めた2年間、どのような想いで活動されていましたか?

まずは、継続させていくための組織作りをしていかないといけないと思いました。そのためにはもっと新しい仲間が必要だし、なおかつ創業時に負けないくらいの想いと熱でやっていかないと伝わりきらないだろうなと。実は今回、4ヶ月で46都道府県回って講演や勉強会を開催したんです。そのときに集まった仲間が第7回大会を仕切った。理事メンバーは何の役割も無かったんですよ。理事長に就任した際、47都道府県からエントリーをもらうことを目標にしました。そして第6回大会でその目標を達成した。初めて、本当に全国の居酒屋甲子園が実現したんです。

―今後居酒屋甲子園はどうなっていくと思いますか?

大会は大会としてずっと残っていくと思います。でも新しい試みもしていきますよ。第7回大会では店長認定制度を作って、店長にもっと光りを当てていこうという動きをしました。今後はもっと一般の人を巻き込んでいこうと考えています。全国の居酒屋料理で、一般の方を何万人も巻き込んでお祭りみたいにしていこうとかね。どんどん進化させていきますよ。

―いつもアツくて前を向いているイメージですが、落ち込むこともありますか?

もちろんありますよ。だけどね、落ち込まないようにする術とか、引き出しとかスイッチを、たくさん持つようにしています。あの場所に行ったらちょっと元気になるとか、落ち込んだときは必ずこの人に電話しているとか、この音楽聴いたら元気になるとか、この本を読むとか。あとは、その落ち込みはどれくらいのダメージなのか、ですね。ちょっと下向いちゃうなってレベルなのか、死にそうなレベルなのか。僕は、必ず上には上がいると思うようにしています。誰かが言っていたんですよ、「死ぬこと以外はかすり傷」って。そのとおりだなって思います。

―続きは後編で!

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