こんにちは、パック・エックス通信のとみおかです。
後編では趙社長が入社後に始められたこと、今後の目標についてです。
それではどうぞ!

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TOPから学ぶvol.68
株式会社三慶商事 趙 顕洙社長 後編

趙 顕洙 氏
株式会社三慶商事 代表取締役社長

埼玉県の岩槻を中心にARENAの店名で現在6店舗のパチンコホールを運営。『共生』の理念を掲げホール経営以外にも飲食事業や地域貢献、ボランティア活動などにも力を入れている。

―入社して何から始められたんですか?

最初はお金の管理だけやっていました。当時はまだ釘がひとつのステータスみたいな時代だったんですが、僕は常務という肩書にも関わらず釘のこと、営業のことをなにも知らない。入ったばかりで当たり前ですが、どこかで引け目を感じていました。

10月に入社して12月にグランドオープンを迎えて、それから約2年間、お店中心の生活の中で当時のマネージャーから営業のことや店舗の仕組み、数字など全てを教わりました。自分なりにいろいろと勉強して頑張ってきたつもりでしたが、なかなか思うような成果が得られなくて…結局ストレスからか体調不良になってしまったんです。当時30歳でした。入院はしないまでも、薬で免疫力が下がっていたので自宅療養ということになり約10ヶ月間会社を休みました。

―10ヶ月は長いですね…

誰とも会いたくなくて一人悶々と過ごしてましたね。

でも仕事が中断されてしまったことで、色々と振り返る時間になりました。そこでやっぱり中途半端だったなと思ったんです。当時は僕なりに社内で情報を共有したりチームワークを発揮するための営業会議などをやっていました。でも店舗によって使っている設備がまちまちで、いわゆる共通言語というものがなく、自分でも何をやってるのかわからなくなってきましたね。実際、当時の現場マネージャーからは総スカンでした。次第に会議の頻度も減っていって結局やらなくなっちゃった。当時は各店舗の稼働状況も悪く、そうした焦りから何かやらなくちゃと思っていろいろとやっていたのですが、今考えると上から目線って感じでしたよね。そういう反省も含めてこの自宅療養の期間に今までのことを振り返る機会になったのは大きかったです。

―復帰後は具体的にどのようなことから始められたんですか?

まずは会計の一本化です。当時5店舗それぞれにあった当座預金を廃止して本部にまとめました。独立採算から本部一括管理にすることで少しずつ自分のやりたいことをやっていけるようになりました。

そしてタヤマ学校に行きました。自分が自己啓発にとても興味があったというのもありまして、社員たちも順次行かせましたね。まずは意識面の共有、共通の体験作り、そこからスタートさせました。

それから僕自身が前からずっと気になっていた釘の学校に行きました。オフィスジャパンさんの学校でして、そこで統一ゲージを学んだのですが、釘を標準化し、ある程度作業レベルに落とし込むことで、特定のマネージャー頼みの体制からチームワーク体制に移行できると確信しました。ここにもどんどん社員を送っていって、結果、自社で統一ゲージを作り、社員を育成していく体制を作りました。それによって営業面での共通言語ができまして、これでうちの流れが変わりましたね。

またダイコクさんのセミナーで学んだPPM分析や釘玉管理、またマーケティングの知識を機械入替や販促面にどんどん活用していき、次第に自店舗を強化していく体制を作っていきました。

そしてそのタイミングで毎年大規模なリニューアルをしていきました。
リニューアルのたびに全店バラバラだった屋号を『ARENA』に統一していき、それぞれを地域一番店にする。そしてそれを通して世代交代を完了させるというのが僕が描いていたビジョンでした。

当時のベテランマネージャーを後方支援にまわってもらうかわりに、中途採用した社員も含めて若手の店長、副店長2名体制をとり、そうしてリニューアルを毎年成功させるということを計画しました。2004年からスタートさせて一巡して終わったのが2008年、僕が38歳の時ですね。

何よりこの間『ARENA』のブランドを意識した展開を行い少しは地域に浸透したかなと思っています。それによって世代交代が完了しまして、これが僕らの首が据わった期間という感じですね。ひととおり終わって、これからどんどん新規出店と考えていますが、そう簡単ではないですね。

―趙社長自身は同友会でボランティア活動などのCSR委員会もやられていますよね?

そうですね。東北の被災地には毎年同友会でボランティア活動に行ってますが、うちだけでなく他のパチンコ団体もかなり活動していますよね。ただ、現地のニーズがわからず苦労してる部分もありますね。今は、むしろ心のケアとかそっちの方にも力を注ぐ必要性を感じています。僕も2年間この委員会を任されてやっていますがなにかと勉強することが多いです。

今、パチンコ業界は斜陽と言われていますよね。そうした右肩下がりの流れの中で業界の健全化が叫ばれていますが、ホールの売り上げや遊技人口がどんどん減っていっている今の危機的な状況の中で、同時に私たちの業界は、これからますます地域に密着した取組みや社会貢献活動をやっていって、それをどんどん社会に認知させていかなくてはいけない。

世間の風当たりも強いですし、業界は今とても大事な時期にきていると思います。なので業界的にはまだまだ薄いCSRという視点を、社会貢献や環境面などのいろいろな取り組みを通じて少しずつ普及させていきたいと思っています。

―地域貢献などは元々興味があったんですか?

興味はありました。“地域との共生”をいろいろと実践したいと思ってまして。まあ地域貢献と言うと大げさになっちゃうんですが、自分達の出来る範囲でやりましょうということで、周辺の清掃や障害者施設などでのボランティア活動、お祭りなどに協賛して出店を出したりなどをやっています。興味があってやったというよりも、店舗を構えて商売をやっている以上は最低限やらなきゃいけないことだと思っています。

例えば店舗の半径1キロぐらいを清掃したとすると、おしぼりやお菓子の袋、あと圧倒的に多いのが煙草の吸殻とジュースの缶。捨てるお客様のモラルという問題もありますが、そういうのは間接的にうちがお店を出店したから発生しているわけですよね。なので最低限、週に一回の清掃はやって当たり前。まだまだ徹底度合は途上ですが。

またスタッフにとってはホールに来店されるお客様の接客を行うことを基本にしつつも、もっと僕らがホールの外に出よう、パチンコを打たない人とも積極的に関わっていこうという考えのもとでいろいろとやっています。その方がよっぽど人材育成になるんですよ。なので、地域貢献活動は自分達が社会性を身につけるためにやっている、いわば研修の意味合いもありますね。

―座右の銘をお願いします。

やはり強いて言うなら「共生」ですね。僕の解釈なんですけど、例えば新店やリニューアルを成功させる、ということはハードルも高いです。そういう高い目標をクリアすることがまず何よりですが、それを例えば一人の強力なカリスマの力で成し遂げてしまうと、それは「共生」ではないんです。「共生」の在り方というのは、勝つ前提の上で、勝ち方としてそれぞれが手柄を山分けするということなんです。そう考えますと「共生」というのは“分をわきまえる”、“節度を持つ”という考え方なんです。社員がそれぞれ主体性をもってみんなで良くなるっていうのが、僕が考える「共生」です。

―ありがとうございます。では最後に趙社長のモチベーションを教えてください。

結局なんだかんだ言って業績ですね。いくら他の部分で成果を挙げても肝心のお店がよくないと何の解決にもならない。そういう意味で最大のモチベーションは業績でしょうね。それ以外にはないと思います。特には売上を作ること、それがやっぱり僕の一番の仕事ですね。

そのための手段として人材育成などがあるわけですが。よくあるじゃないですか、少ないお客様に対してスタッフが3人とか4人で「いらっしゃいませ!」って言っている光景って。そういう状況って当たり前ですが作っちゃいけない。なんとかしないといけないんですよね。

お客様を呼ぶのは基本的にはスタッフの仕事ではありません。呼べないのは会社の責任です。そこを未解決にしたままスタッフを育成するなんてのは順序が逆なんです。集客を図る何らかのきっかけのタイミングでやんないと駄目なんですよ。それで、しかるべき成果が上がって、その手柄はスタッフというような流れをどうにかして作ることが大事だと思います。

とにかくスタッフが元気良ければいいという風潮が流行りすぎていると思うんですよ。店が駄目なのにスタッフが元気過ぎるっていうのはやはりおかしい。それによってスタッフに無意識にかかる精神的な負担っていうのも考える必要があると思います。

まあでもどのホールも現状を少しでも、どうにか変えようともがいているのが実情ですよね。やった事がなかなか結果に結びつかない時代ですからね。それでもやはり業績を上げることをいつまでもあきらめずにふんばり続けることが大切かなと思いますね。

―ありがとうございました!

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