パックエックス通信

株式会社星和、金子博昭統括本部長 TOPから学ぶ

金子博昭/株式会社星和 統括本部長。 1986年生まれ。高校卒業後飲食店で3年間勤務。その後某大手パチンコ店に入社。入社約2年でマネージャーに昇格。2009年に父親が経営をする㈱星和に入社。統括本部長として、会社の風土、営業面全てを統括する。

 

今週のパックエックス通信は株式会社星和の金子 統括本部長です。「既存店単位3期連続増収増益は通過点。次の目標は1000億円企業。」 TOPから学ぶvol.62
株式会社星和 金子博昭統括本部長
「既存店単位3期連続増収増益は通過点。次の目標は1000億円企業。」を掲げています。本社と離れた場所にある東京の店舗について、大切にされている「気付きの力」を身に付ける方法、などのお話をお伺いしました。

金子本部長本日はよろしくお願いします。㈱星和はお父様が創業された会社とのことですが、本部長は入社して何年目ですか?

もうすぐ3年ですね。高校卒業後飲食店で3年、大手パチンコ店で4年働いた後入社しました。

お父様の会社に入社する意識はいつ頃から持たれましたか?

学生の頃は父親が経営する会社に入社する意識はなかったです。強要もなかったですし、話しもなかったですからね。それに私勉強ができなかったんです。できなかったし、やらなかった(笑)。中学受験に全部落ちたんですよ。恥ずかしかったですよ。だからコンプレックスですね(笑)。

そこから学生時代は、勉強は諦めて好きな事をやって社会に出たらがんばると決めていました。社会に早く出て認められたかったので、高校を卒業してすぐに飲食店で働き始めました。<運良く店長までなれて、業務を行った時、経営に対しての興味が湧いたんですね!独立したいという気持ちが芽生えました。

ある時、社長(父)と話す機会があり、将来経営に携わりたいのなら、「自分で0からやるより、土台がある方がやれる事が多いぞ!!」って言われたんです。それがきっかけで父親の経営する会社に入社したいと思いました。そのためには修行をしなければと思い、大手パチンコホール企業のM社(以下M社)に入社をしました。

M社では役職はどのくらいまで?

2年弱でマネージャーまで行きました。入社前から早く出世する目標を持っていました。実はそれまでパチンコはほとんどやったことがなかったので0から勉強しました。

でも最初は働いていて楽しかったことはないですよ(笑)。お客様に怒られて、高稼動の中で働き続けて、わからないことばかりで。すぐ辞めてやろうと思った(笑)。

社員だと入社してすぐ、みんなの前で話す機会があるんですが、1:1のコミュニケーションはある程度できても、1:20はなかなか上手くいかない。視線が一気に集まるし、自分の想いを伝えることの難しさを感じました。

それはどのように乗り越えましたか?

自分のスキルを上げるのが一番大切ですよね。信頼される人になろうと思いました。山本五十六の「やってみせて~」じゃないですけど、まずは自分が行動する。そして継続してやる。これが一番大事だと思います。

それから人を見て態度を変えない。言いにくい人もいますが、出来ない人が悪いのではなく、出来ていないことに気付いていても言わない人が一番悪いんです。しっかり行っている人がバカをみるわけですから。もちろん人によって話し方は変えますよ。年齢や性別や、その人の立場とか。

でも「これはだめ」、「これはいい」というのははっきりさせます。

M社時代で一番辛かったのはいつ頃ですか?

ある店舗のグランドオープンの時ですね。グランドオープンだから社員の中でも活きのいい人を集めますよね。このままじゃ埋もれると思いました。当時私は一般社員だったんですが、朝、上司を待ち伏せして、リーダーをやらせてほしいと頼みました。上司は「やれるかどうかは別だけどやってもいい」と言ってくれました。

実際やってみると、アルバイトも社員も年上の方が多いし、難しかったです。相手を納得させるためには対話力と信頼・信用関係が必要だと思いました。でも、どれだけ話が上手くても20代前半のやつが言うことを、年上がすんなり聞いてくれることはあんまりないんですよ。上から信頼・信用を得るためには、下から信頼・信用されることが必要だと思い、入社するアルバイトの導入研修を私が全部引き受けるようにしました。いやらしい話、入り口から(笑)。

入社したてのスタッフって、最初は一番初めに教えてもらった人に聞くじゃないですか、そこで信頼・信用の貯金が出来たのではないかなと思います。よく「信頼しても信用するな」とか言う人いるじゃないですか?私は、その言葉が嫌いで信頼も信用もしますね。

導入研修はどのようなことをされていたんですか?

考え方の研修です。考え方、熱意、スキルとありますが、考え方が土台だと思うんですよ。スキルは後から付いてきますが、考え方がぶれると、全部ぶれるので。

御社に戻ってくるきっかけはなんだったのですか?

「そろそろ戻って来い」と言われました。最初は嫌だと言いました(笑)。当時M社でマネージャーをしていたし、まだやりたいことがありました。しかし私はM社で出世する事が目的ではなかったですし、父親の会社の事も気になってはいましたから、入社する事を決意しました。

戻られたときはどのようなポジションだったんですか?

適当な感じですね。社長も私がどれくらいできるかわからないので、何をしろとも言われませんでした。でも入ってすぐ、M社とはレベルが全然違うと思いました。同じパチンコ業界でもこんなに違うものかと。

例を上げるとM社で1の力で伝わるものが、こっちだと10の力を出さないと伝わらない。例えば、「ブランド物の時計をつけるのはやめましょう」というじゃないですか。そうすると嫌味じゃなく、「なんでですか?これ僕好きなんです」って聞いてくるんです。「お客様の中には負ける方もいるでしょ」と1から説明しなきゃいけない。店長も店舗責任者としての意識が低かったですね。あるとき景品がずれていたので聞いたら「僕昨日休みだったんです」とそんなに悪びれた様子なく言うんです。それが普通になっちゃっていたんです。

だから最初は営業的な部分はノータッチで、まずは1年間で全員の考え方を揃えようとしました。「星和で働く人は幸せじゃなくてはいけない」と言っても考え方の共有が出来ていなかったので意味が伝わっていなかった。「幸せって何ですか?」、「家買ってくれるんですか?」という感じです。

「会社が提供できる幸せは従業員が愉しく働いて、お金を稼いで、家に帰らせることだよね。じゃあ幸せってなんだろう?認められて必要とされた時。そのために土台は何が必要かな。星和は感謝の気持ちを忘れない人。相手の立場に立って物事を考えられる人、これが土台だよ」と。

こう言った考え方を伝えるためにアルバイトも含めて全員と面談しました。朝から晩まで毎日です。特に店長は何回も面談しましたね。全身じんましんが出ました。もう一回やれと言われたら無理です(笑)。

人と話をするのはパワーが必要ですね。目線を合わせないといけないし、同じ話を繰り返さないといけないし、返ってくる答えも同じようなものだし。これが入社して一番大変でした。この期間に会社の考えに賛同できない人には、30人くらい辞めてもらいました。

当時会社の業績はどうでしたか?

140億くらいです。今は200億ですが。でも1年間は売上の結果が出なくても風土改革をやり続けました。ちょうど1年経った頃から良くなり始めました。社長も心配でしょうがなかったと思いますよ。人は辞めていくわ、売上は上がらないわで、言いたい事も沢山あったと思いますが、結果が出るまで見守って下さった事には、社長に感謝しています。

2年目からは風土改革を土台に営業面も徹底して見ています。機械選定の方法、イベントの打ち方、チラシの撒き方まで営業のテクニックと考え方。

何故風土改革から始めたかと言うと、結局スタッフ力が低いと、イベントをしても玉出しをしても長続きせずに単発で終わっちゃうんです。今までのパチンコ業界は、当たり前のことを当たり前にやらなくても儲かる仕組みができていましたが、今はそうもいかなくなってきていますよね。今は、一発逆転は無いんですよ。

経営陣が考えなきゃいけないのは、長期的に利益を上げ続けることじゃないですか。それを考えたら営業面のテクニックも必要ですが、考え方(土台)を教えないと意味がない。

本部長の経営者としての意識はいつ頃から持つようになったのですか?

育ってきた環境なんですかね。父に教えてもらったことはないんですけど、いろいろ父を見て感じていたんでしょうね。でもやっぱりM社で経験させてもらったことが大きいですよ。

従業員にとって本当に優しい経営者は、絶対に会社を潰さないこと、雇用をしっかり守ることです。潰れたら何も出来ないですからね。

東京に1店舗出店されていますが、離れていることで難しいと感じる部分はありますか?

風土が見えない事ですね。数字はウソをつかないけど、風土は人の伝え方によって変わるので、遠隔地に行かせる店長は風土に絶対の自信がある人しか行かせません。他の店長よりワンランク上の人。さぼろうと思えばいくらでもさぼれますし、嘘もつけますから。

私も定期的に行ってはいますよ。最初の頃は毎週、東京に行っていました。オープンの直前に東日本大震災があって、新台発売が延期になるなどありましたが、オープンを優先させました。まぁ大コケですよ(笑)。業績が良くなるのに1年間かかりました。計画停電もありましたし、「こんな時期になんでオープンさせるんだ」という声もありました。

オープンを優先されたのはなぜですか?

一番は経済を回すこと。お金を回すことを考えました。自粛する意味がわからなかったです。NYのテロのとき、NYの市長は「市民の皆さん、お金をどんどん使ってください」とスピーチしたんです。でも日本は真逆だったじゃないですか。自粛の意味がわからない。私ももちろん多くの命が奪われ哀しいですよ。でも哀しいからって何もやらないのは別です。ただオープンさせたときは、復興という意味も込めて景品はすべて東北の物にしましたし、東北に行きボランティアにも参加させて頂きました。

その頃は自粛ムードでパチンコに行く人自体が少なかったですよね。スタッフのモチベーションが下がるということはなかったですか?

「良くするには良くなるまでやること」と言いますけど、まさにそれをやった店舗ですね。いろいろやりました。1年間でリニューアルも5回くらいやりました。

本部長が大切にしていることはなんですか?

感謝の気持ちを忘れないこと、相手の立場に立って物事を考えることです。言葉にするとものすごく簡単ですが、なかなかできないこともあるので、永久の課題です。相手の立場に立って考えるというと、困っている人を助けるとか、慰めるとか、そういうイメージがありますよね。でも本当の意味で、出来るようになってくるとお客様の気持ちや、部下はもちろん上司の気持ちを考えられるようになります。そして対抗店の店長の気持ちにもなれるんですよ。リーダーには感性の高さが必要ですね、感性というのは気付きの力ですね。

気付きの力というのはどのように身につくものですか?

清掃で訓練できます。私もM社時代に2ヶ月間毎日掃除だけをやらせてもらったことがあるんです。ホールに出ずにひとつに集中する期間を持てるんですが、私の場合は清掃。当時の上司に『得意なことは進んでやるけど、苦手なことはやらないよね。人が嫌がることをどんどんやってみろ』と言われて、つきっきりで毎日清掃をしてくれました。

続けていると些細な変化に気付くようになります。いつも汚れているところがキレイになっている。これは誰かがやってくれたのかな?誰かわかったらありがとうと声をかける。気付いてありがとうと言われたらこの人は気付いてくれる!!又やろう!!とか思いますよね。これを継続すると、次は人の変化に気づくようになるんですね。いつもと様子違うなと思って話を聞いてみたらもう爆発寸前だったとか。だから店内恋愛見抜くのも得意ですよ。弊社は原則禁止ですけど(笑)。

では御社でも清掃は徹底されているんですか?

まだ徹底できるレベルではないです、今はトイレ清掃だけ。これは必ず店長がやる。チェックは私がします。今日の汚れか昨日の汚れかわかるので、さぼったのもすぐわかる。そのくらい大事にしています。継続性も大切だと思うんですよ。継続と感性(気付きの力)のバランスが取れてくると、すべてにおいてバランス感覚が身に付いてくる。投資や入金。攻めや守り。営業部や間接部門。パチンコ業界は、バランスが取れなくなって来ると致命的だと私自身考えてますね。

本部長は迷ったり、悩んだりすることはありますか?

悩み事ばっかりですよ。常に時事や空気感などアンテナを張ってますよ。部下に相談する事もありますね。現場の店長と私と話し合って意見が違った場合の優先権は店長にと決めています。店長が納得した状態で仕事をしていないと絶対にいい結果は生まないので。納得感は大切にしています。

では今後の会社の目標を教えてください。

10年間で10店舗。1000億円企業。1万台の店舗になる(現在は約2900台)。個人の目標は会社を潰さない。永久安定利益を上げられる会社にすること。

私が店長によく言っているのは、『私はこういう性格だから、至らぬところもあるかもしれない。聖人君子みたいにはなれないけど、命にかけて絶対に生活は確保する。それはもう決めている』ということです。聖人君子みたいな社長なんだけど、毎年給料が減っていくのは嫌ですよね。人はいい人だから付いて来るのでは無く。結果が出るからついてくると思うんです。正しい努力とは必ず結果が伴う事だと思ってますので。だから景気が悪くなっている方が私は嬉しいです。正しい努力を証明するチャンスですから。景気が悪いときに業績を上げた方が価値も上がるし、かっこいいし(笑)。だから結果がすべてです。

最後に読者の皆さんにメッセージをお願いします。

今後のパチンコ業界が娯楽産業として世間に必要とされる為には、変化に対応していかなければいけないと思います。自由競争なので戦うところは戦って、業界のイメージアップの為に協力する所はして行きましょう。

ありがとうございました!!

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