パックエックス通信

延田グループ、延田久弐生社長 TOPから学ぶ

延田久弐生/延田グループ 代表取締役社長。昭和43年に前身である「八尾観光株式会社」へ入社。その後、昭和52年に専務取締役に就任、平成2年代表取締役社長に就任。

今週のパックエックス通信は延田グループの延田社長のインタビューです。仕事の方針や人材育成についてお伺いしました。

123という屋号にはどのような意味があるのでしょうか。

ゴロのいい名前を探していたんです。「いろは」「ABC」は店名として存在していましたが、「123」はどこも使用していなかったんです。末広がりの意味も含まれています。最初はワンツースリーなんて呼ばれたりもしました(笑)。よく驚かれるのですが、うちの経営するゴルフ倶楽部の「マスターズ」も、当時日本ではまだ登録されていなかったんです。

この業界に入られてから約40年経たった今感じることはございますか。

私がこの業界に入ったのは昭和43年頃で、八尾にある松屋という店舗が私が関わった第一号店でした。それから40数年頑張ってきましたが、その間にはオイルショックやニクソンショック、リーマンショックと3つ4つの大きな変動時期がありました。

私は二代目ですが、自分を「1.5代目」と自負しているんです。親の苦労を共に背負ってやってきたので、創業者の苦労も、二代目や三代目の方の苦労も両方わかります。私は普段指輪も時計も身に付けていないし、基本的にノーブランドなんですよ。

そういう生き方でやってきた自分としては、業界内の多くの経営者の皆さんとは違うなと思うことの方が多いです。もちろん、中には私と同じような考え方をもつ方もいらっしゃると思いますが、経営の本道から外れてしまう方も見うけられるように思います。私が感じる悪い点としては、飲み歩く、着飾るなど派手なことを好む方が多く、自己主張が必要以上に強い方が多いかなという点です。

なぜそうなったかといえば、昔から「お金残して人材残さず」という言葉がありますよね。その言葉どおり、資産は残しても人材を残していないんです。ここで言う人材は何かといえば、子供たちなんですよね。親が子供を厳しく押さえつけて、親が亡くなったら今まで押さえつけられていた反動で子供が暴走するんですよ。やはり育て方、育ち方をもっともっと考える必要があると思っています。

我々の業界の場合、特に重要じゃないですかね。我々の業界は団結したら凄いものになるのですが、団結できないんですよね。共存共栄が足りないんです。みんな「俺が俺が」で。業界で今一番良くないところですね。パチンコ業界も徳川家光のようなリーダーが現れないとダメですね。

社長はどのような人間関係を築いていらっしゃるのでしょうか。

私は仕事上であまり広くお付き合いしないということを心がけているんです。例えばある業種の方で二人ほど仲の良い人がいるのですが、なぜ二人かというと一人の意見では偏りがあり参考にならないんですよね。二人の話を聞いてようやく、その話の良し悪しが判断できると思っています。

なので遊技業界、飲食業界、政財界などジャンルは幅広くお付き合いがありますが、各ジャンルで二人ほどの密な人間関係を保ってやってきています。三人はいらないですね。三人目から遊びに入ってしまうので。

私は社会人になって学生時代の同級生だった人とのお付き合いを止めました。同級生とのつながりは、すべて遊びの延長になってしまうんですよね。片一方はサラリーマン、もう片方は経営者、となると立場上の違いだとか収入の違いだとか、同級生と一緒にいても私はなかなかうまくいかないんですよ。

学生時代の仲間というのは一緒に学んできた関係で、どんなに仲が良くてもライバル心があるんですよね。だから、人間関係がうまくいかないんです。そういうことで、この20年間仕事関係だけで友人を作りやってきました。

昔は「パチンコ屋」というと色眼鏡で見られた時期もありましたが、今日になって、ようやくレジャー産業として認められつつありますね。私も学生時代は家業がパチンコ屋というのを隠していました。それだけ我々パチンコ業界のイメージが良くなかったんですよね。そんな今日ですが、一般的な社長は部分的なところしか見ずに決断する人が未だ多いですね。

社長はあまり取材を受けないとお聞きしております。

はい、インタビュー依頼などは全部お断りしてきたんですよ。自分はスターを育てる立場であって、表に出たらダメなんだという気持ちでやっているので。延田という名前を知っていても、私のことを知っている方は少ないと思いますよ。

議員として出馬してほしいという話もありましたが、政治に興味がなかったのでお断りしました。当社は60店舗近くホールを展開していますが、ひとつも組合長にはなっていません。ですが、最近要望を多く頂くので、そろそろどこかの組合長をお引き受けさせて頂こうかなとは考えています。

お仕事をされる際の方針を教えていただけますか。

私はいまだに現場の全てを把握しているんですよ。趣味と言えば仕事ですからね、365日出勤しています。朝8時には会社に来ていますよ。自分自身が会社を把握できなかったら、社長をやるべきではないと思います。

私は10数年現場で働いていましたが、そのおかげで現場で働く人の気持ちがわかるようになりました。人の上に立つ人間で何が一番大切かといえば、現場で働く人の気持ちがわかるか、わからないかですね。経営を大きく左右するポイントだと思います。

私はパチンコ店を200店舗、300店舗も広める気はありません。当社では現在パチンコ店の売上が8~9割をしめていますが、将来はパチンコ業だけでなく違う産業にウエイトをおき、現在のパチンコ業と同じくらいの資産比率で色々と行いたいと思っています。

尊敬する人物はいらっしゃいますか。

私は織田信長をすごく尊敬しているのですが、反対に一番嫌いな人間は明智光秀なんです。織田信長も天下を取るまでは、様々な戦いを行い勝ち抜いてきたわけですが、天下人になってからはその名にふさわしい戦いをしないといけない、と考えを改めたんですよね。

ところが光秀は、信長の命で小さなお城を攻略するために自分の育ての乳母を人質にさせ城を落としたんですよ。光秀も頭のいい人だったのですが、天下人の素質ではなかったんですね。信長はこの戦いに対し「いまだにそんな汚い戦略をするのか」と激怒したわけです。

現在もこれと同じわけですよ。我々の業界も正々堂々と本業をしなくてはならない。経営者たるもの、常に王道の営業をしてもらいたいですね。こういう経営をしないと発展していかないですよ。業績があがったとしても、売上がいくらになったとか誇示してはダメです。パチンコ業界は影武者のように慎ましやかにしていくことが、本来のやり方なんです。

芸能人のお店とかも一時期流行りましたが、成功した例は少ないですよね?それは料理の味で勝負をしないで、その人の名前で勝負してしまうから消費者がついてこないんですよ。私は名前ではなく内容で人がついてくるような会社にしたいんです。だから人に頼らず自分の力、器量で常に勝負をしてきましたし、これからもその姿勢は変えません。

私が社長になるときに、年商は60億でしたが私はこれを何千億になるまで伸ばしてきましたからね。絶えず社員に対する思いやり、働く人の気持ち、これが無い人はトップに立つべきではないです。

今御社が一番力を入れている部分はどこですか。

人材育成ですね。新卒採用にも力を入れています。本年度は新卒を41名採用しました。数十年前にある企業の社長が「出店したいが人材がいない」と聞いたことがあって、その時は理解できませんでした。それが数年前から、この言葉の意味が理解できるようになったんです。

当社がいまそういう状況なんですよ。会社の成長に対して人材の成長がともなっていないんです。このような現状をいち早く改善するため、現在当社では人材育成に年間2億ほど使用しています。出店するときには、幹部は3人くらい必要ですしね、早く成長してもらわないと間に合わない。今日も新入社員の研修をしていますよ。

当社は年功序列を適用していません。常に力のある人を抜擢しています。愛社精神があって、はじめて仕事というのはできるんですよ。どこまで会社に対して愛社精神を持って仕事ができるか、ここからがスタートなんですよね。これがないとすべてのものは、どんなに協力しても無理なんですよ。社長に対してではなく、会社に対して忠誠心を持ってくれと思っています。社長はどんどん変わっていきますからね。

ターニングポイントはありましたか。

バブル時はあえてじっとしていました。バブルが弾けた瞬間に動き出しましたね。土地も建物も手を出せる値段になったので、バブルが弾けてから当社の出店数はスピードアップしました。反対に、生産性の悪い店舗は20店舗くらいスクラップしましたよ。スクラップすることも大事なんですよ。ただ、スクラップした店舗の分、他の一店舗あたりの設置台数は増えましたね。

25年程前、私はディスコを大阪で始めたんです。「バンブーハウス」「Dynastie(ディナスティ)」とかね、これらは大阪の中で隆盛を極めました。当時「マハラジャ」というディスコが流行りましたが、これに唯一大阪で勝てたのは当社だけだと思います。これらの事業は、その時代の流行の最先端のセンスがなかったら、成り立たないわけです。

パチンコ店しか経営していない経営者は、パチンコ店の経営の仕方しかわからない。私はディスコなり飲食なり様々なことをしてきたので、応用ができるんですよ。これらの経営経験や知識が、ものすごくプラスになっています。

今から2~3年で、新しい業界でお店をやれと言われたら、経営する自信がありますよ。今やパチンコ店で当たり前のおしぼりサービスやワゴンサービスは関西で当社が一番に始めたと云われています。スロットの等価交換も関西では、まだやっている店があまりない時から始めました。

最初は行政に色々言われましたけどね、組合を除名するだとか。このように歴史は一日にしてならずで、私も50年近くやってきましたが、常に言えることは「堂々と、倫理を」ということですね。このふたつが欠けるとダメなんです。

社長がいつも話していることや、口癖などございますか。

日々勉強ですね。社員にいつも言っています。店長には、延田を最終職場と考えて働いてほしいと話しています。うちは年をとったらとったなりに働く場所をきちんと提供できますし、そう考えることで、意気込みがまったく違ってきますからね。

あとは「封筒が縦に立つくらいの給料を持たせたい」と常に話しています。だいたい100万くらいないと封筒は立たないのですが、一日も早く、これくらい給料を受け取れる業績を残してほしいと伝えています。

年に何回か全店舗の店長を集めて、会社に何を求めているか聞いています。売上と集客で店舗をA,B,Cとランク分けしているのですが、Bランク以下の店舗の人の方が色々と意見が出ますね。Aランクは安心感からか欲求が少ないのかもしれません。

ストレスを感じる時はどんな時でしょうか。また、ストレスの発散方法を教えてください。

私の考えに周りの人がついてきていないときですね。私は色々とペースが早いものですから、考えがどんどん先に進んでしまうんです。そんな時に周りがしどろもどろだと、ストレスを感じますね。話をしながら、もう次のことを考えていますからね。

ストレス発散方法はゴルフです。毎週二回、自分のログハウスを使いながらゆったり過ごすのが好きですね。私の仕事柄、連続で6日以上休みをとれないんですよ。なので、お恥ずかしい話いまだにヨーロッパに行ったことがないんです。一人でアメリカに一泊三日で行ったことはありますけどね(笑)。L.Aが好きなんです。

人を見るうえで、注目する点はございますか。

一つの物事を指示しても、その上の二つ、三つが出来るかどうか、1+1は2じゃなく、3にも4にも出来る人間が優秀な人材だと思います。

また、私はテストを99点は0点とみなすんです。レポートも、枚数が多い人の評価は低いですからね。多く書いても、途中から何を言いたいのかわからなくなることが多いんです。一枚で伝えたいことを簡潔にまとめる人が、できる人ですね。

我々の業界はイエスかノーかです。失敗するか成功するか。何事も簡潔にまとめないと。

読者(店長)へのメッセージをお願い致します。

ギャンブル場を目標にするのではなく、パチンコ・パチスロファンの方に向けて、レジャー産業の一環として店舗営業をしていただきたいです。ゲームのスリルは多少含めつつも、賭博場は作らないでほしい。現在カジノ場についても色々言われていますが、カジノ場が100も200も作られるわけじゃないですし、カジノのファンとパチンコのファンは違いますからね。

また、日本人は麻雀にしろパチンコにしろ、元々一人で遊ぶのが好きな国民性ですし。自分としては様々な層の人たちが心から楽しめる場所を作っていきたいですね。娯楽場の延長として、ストレス発散の憩いの場をご提供したいです。パチンコ産業も世界に認められるものになりましたので、夢と希望を持って働いていただきたいです。我々の業界には未来がありますので。一歩一歩、確かめながら進んでいき、飛躍をしてもらいたいです。

ありがとうございました!

関連記事