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社団法人日本遊技関連事業協会、深谷友尋会長 TOPから学ぶ

深谷友尋/社団法人日本遊技関連事業協会 会長 兼 フシミコーポレーション株式会社 会長。平成13年8月 社団法人日本遊技関連事業協会 会長就任。パチンコ・パチスロ産業の大切なファンやこの産業で働く人たちに良質な環境づくりを提供する為に尽力。

こんにちは、PX通信編集部のとみおかです!今回はパチンコ業界の横断的組織として業界全体を一つにまとめ、社会に信頼、支持されるパチンコ・パチスロ産業を築く活動に尽力されている社団法人日本遊技関連事業協会の深谷会長です!パチンコ・パチスロ産業の地位向上についてやアピールの仕方についてや外国人観光客へのサービスや、店長に必要な資質・身につく能力などについてお伺いしました。

深谷会長、本日はよろしくお願いします。日遊協では業界自体の地位の向上を訴えてらっしゃいますが、会長の中で何か特別な思いがあってのことなのでしょうか。

地位の向上という言い方をすると、上から目線でものを言っているように聞こえがちですが、私たちの生業というのは「大衆娯楽」ですよね。今の地位がいかんという意味ではなくて、非常に幅広い層のお客様が安心して遊んでいただける環境作りをみんなで底上げしましょうという意味で話しています。

どちらかと言いますと「資質の向上」といえるかもしれません。従事している人たちの資質を高めていくことで、社会から認められるものにしたいと考えています。他業種と肩を並べて競争しようとか、その地位になろうとか、そういったことを言っているわけではないんです。

なるほど。ひと昔前と比べてパチンコ業界に対する学生さんの見る目も非常に変わってきていると感じますが、そのあたりはいかがですか?

そりゃあもう全然ちがいますよね。私が大学を卒業したのが昭和42年で43年からこの生業につきましたが、当時の採用なんて今では語れませんよ、応募が来ないんだから(笑)。

自分でもここはどんな産業なんだと痛烈に思いましたね。背広組なんて1人もいませんし。ポロシャツかアロハシャツか突っ掛けかという時代ですから。お店自体も非常にすさんでいて、戦後22年経っていましたけど復興の途中にありましたし、産業としてはまだまだ未熟成でした。

そこで我々はまず個店で運動をし、その後に組合活動を始めましたが、若い人達が安心して働ける環境作りをすることが、ひとつのテーマとなっていました。それから約40年経ちましたが、先ほど申しましたように素晴らしい人達が業界に入ってきていますね。よくぞここまで我々を支持して、自分の人生をかけて参加していただいたなぁと本当に感謝しています。

確かに今の状態は一朝一夕ではく、日遊協をはじめ色々な団体の努力の結果だと思います。深谷会長として流れが変わったと感じたターニングポイント等はございますか?

色々あると思いますがまずはパチンコの立ち島からイス島に変わったときが業界の節目でした。パチンコを立って打っていた時代から座って遊技をする時代になったことで、本当の意味でのレジャー産業への礎を築けたんですね。

座って遊技することで老若男女に遊技が広がりますし、業界が大きくなった理由じゃないかなと思っています。あとはオートメーション、自動還元装置。数値管理や顧客管理もコンピュータになり、IT産業が業界を支えたんですね。

科学的な部分がだいぶ増えましたよね。

そうですね、コンピュータが入らなかったら仏閣の夜店の射的場と同じ状態で終わっていたかもしれませんね。

そうかもしれないですね(笑)。業界が変わってきているとはいえ、一歩外から見るとまだまだ誤解や偏見があると非常に強く感じられますが、深谷会長としてはそのあたりはどのように考えていらっしゃいますか?

パチンコ店には色んなお客様が来られます。おじいちゃんやおばあちゃんを初め、色んな人が来店されます。それぞれが違った風を持ってご来店されるんです。そうするとホールの中で様々な空気や色合いが出るわけですよ。

パチンコホールはやはり風俗営業ですから、風俗営業許可業者としてしっかりそこを受け止めて、我々が遵守営業をきちんと行うということを、もう一度認識し直さないといけないですね。

なるほど。色々な方が来店されるからこそ認識し直す必要があるんですね。

遊技業は法律の下でなければ営業はできません。法令ぎりぎりを走るのではなくて、のりしろを見て走るということを経営者が考えないといけない。そうでないと誤解や偏見が生じかねない。多くの店舗や経営者は大衆娯楽企業として地域の皆さんとの関係も良く、ボランティア活動や防犯活動を始め、交通安全も意識し、地域の青少年育成に力を注いでおられるわけです。

確かに地域の方との交流を積極的に行っている企業様は多いですよね。そういった取り組みを日遊協として一般の方へ向けたアピールはされているんですか?

我々はこういうことをやっているよとわざわざ言うのではなくて、謙虚に生業を継続していくということが大衆娯楽のスタンスだと私は思うんですよ。そういうことをやられてきた経営者の方は、しっかり自身で根をおろして社員の教育と処遇をされていますよね。大衆娯楽という原点は忘れてはいけないんだと思います。

なるほど。大衆娯楽のスタンスを崩さない事が大事なんですね。

私ども日遊協は健全化、近代化、法律の適正化という3つの柱を掲げて、産業界のさらなる発展のために貢献している団体なんですね。メーカーさん、販社さん、ホールさんという業界関係企業の全てが集約して入っている団体です。勤労でお疲れになった体を癒したり、家に帰るまでにちょっとパチンコして、ストレス発散をしていただいたりというのが原点ですよ。おじいちゃんやおばあちゃんはちょっと指の運動やっていこうか、とかね。

ですからこのような微笑ましい社会の中に溶け込んだ産業として、これからも発展しないといけないし、支持されないといけないと思います。

各ホールさんが、適正にきちんと続けていれば必然的に大衆娯楽として理解される訳ですね。

私は業界の使命のまずひとつは雇用だと思っています。関連業者を含めれば、雇用は40万人以上と言われていますし。二つ目には納税ですよね。国民として、企業として納税をしていく。三つ目には法律を遵守するという精神ですよね。この三つが業界を支えてきているし、これからも大切な要素です。

話は変わりますが、パチンコホールにまつわる良い話は凄くたくさんあると思うので、パチンコをやらない方にも伝われれば結果として認めてもらえるんじゃないかと思うのですが…

以前、私のお店で実際にあった話ですが、毎日お嫁さんが姑さんを車に乗せてホールにいらっしゃるんですよ。午前10時になると必ずお連れしてくれて店長に「おばあちゃんお願いします」とおっしゃって帰られる。それでお昼の12時頃になると「おばあちゃんどうだった?」と迎えに来られるんです。勝っても負けてもおばあちゃんはニコニコしながら帰って、お昼を食べながら今日の出来事を話してくれるなんそうです。どこの家庭でも存在する嫁と姑という少しぎこちない関係を、パチンコがうまく中和しているんですよ。

こういう話はきっとたくさんあるんだと思います。ですから大衆の色合いとか匂いがプンプンしている産業なんですよね。我々の使命はお客様に気持ちよくご遊技いただける環境作りをしていくことであり、これはひとつの社会貢献だ思っています。手を差し伸べてほしいという方にはボランティアもしていきたいですし。

継続は力なりで、一回で成果が出る訳はないですから、やり続けるということが大切だと思いますね。

深谷会長はパチンコ業界が社会から「認められている」と実感されてらっしゃいますがどういった点が特にそう思われますか?

経済発展のために我々を歓迎してくれている部分があるんです。パチンコ店ができれば周囲にスーパーができて、住宅街も広がり経済が潤うだろうと、街の構想というのがあるんですよ。こうした地域発展の話の中で、パチンコ店というのは必ず出てくるんですよね。

このような話を聞くと、私は「パチンコ店というのは求められているんだな」と実感するんです。おおらかに「一番底辺を渡り歩いていますよ」と言いながら街を整備する、道路をきれいにしてお客様の笑顔を増やしていく。このような活動が働いている人の明日に結びつくのではないかなと思います。

以前「外国人観光客の方に積極的に遊技していただきたい」と発言されていましたが、その理由などについて教えていただけますか?

日本の遊びの文化ってあるじゃないですか、京都ではお茶といった。そのひとつとして日本の大衆娯楽はパチンコ・パチスロだと思うんです。これら日本独自の遊びの文化に親しんでいただいて、自国に帰ったときに土産話をしていただけるようなリソースを何か作れないだろうかと思っています。

我々もラスベガスに行って帰ってきたときは土産話をしますよね。それにはまず遊技をしていただかないといけない。遊技をしていただくなら遊び方から伝えないといけない、そうなると今の日本語のインフォメーションだけでは色々難しいだろうということで外国語のパンフレットを作ってみました。中国語と日本語と英語の三ヶ国語を網羅したもので、備え付けているお店もあります。このような取り組みが広がり、西洋の遊びと違ったアジア独自の遊びとして、全世界に出ていくこともあるんじゃないかなと思います。

「ボーイズビーアンビシャス」じゃないですけれど、これらを踏まえ業界に携わる若者にも希望を持ってもらいたいなと。そんな想いと願いの両方でこのような取り組みを行なっています。

なるほど、確かに日本独自の文化ですよね。日遊協として、このような取り組みは今後も考えていかれるのでしょうか。

今は東日本のボランティアにシフトしていますが、もう少し状況が落ち着いてきたら外国の方にアピールする第二弾を具体的に考えたいですね。遊技をしなくても街の案内役としてホールに立ち寄っていただいたり、多言語でその地域の面白処とか食べ処とか、インフォメーションが置いてあればさらにご利用の幅が広がりますよね。

どうもこの業界は、自己PRが下手ですよね。でもこれからは、このような取り組みもきちんとPRしていくべきなんじゃないかなとは思います。

私の店を例にあげると最近英会話を始めたんです。外国のお客様がいらしても一通り説明が出来るくらいの英会話を覚えようと、これは経営陣が指示したのではなくて社員の方からこのようなスキルを伸ばしたいと言ってきました。現在も勉強会を行なっていますよ。

全スタッフの方が参加して勉強会をなさっているんですか?凄いことですね。

そうです。お客様がいらした時にただ単にマニュアルを渡して「はい、どうぞ」ではなく、きちんと「お楽しみください」と相手の国の言葉で伝えないとダメですからね。

何か困ったことがあったら店員に聞いてね、という気持ちも伝えないといけないと思います。そうした日常会話のひとつをとっても、小さな種が今後グローバルな時代になっていくと共に成長し業界も変わっていくのであろうと思っています。小さな芽は確実に出ていますね。

話は変わりますが、深谷会長が考える店長の資質とはなんですか?

どんな仕事をしようと自分の心の持ちかたなんじゃないですかね。後ろめたいことがなく、正々堂々と地域の皆さんの一助となるようなことをやっていれば、卑屈で後ろ向きなことを考えなくていいんじゃないかなと思います。今の店長さんにもぜひそういう心を持って欲しいですね。店長さんが地域を支えているんですから。

お客様は本当にいろんな方が来られますからね。会社や家庭での嫌なことがある方、恋人との揉め事に心を痛めている方、本当に色んなお客様がお見えですから、どんな時でも笑顔でお客様に応対し、遊技を楽しんでいただいてホッと心を休めて帰っていただく、そんな空間を提供したいですね。一種の現実逃避かもしれないけれども、そういう場所も大事ですよね。

だからホールには時計がないでしょ。昔私が時計をホールにつけようとしたら先輩に怒られたんですよ(笑)。「もうこんな時間だ、帰ろう」って思われてしまうだろう、はずせ!って。未だによく覚えています(笑)。今はケータイもあるしホールに時計がなくてもあまり関係はないでしょうけどね。

このように一時の息抜きを体験できる場所ですからね、一時の楽しさを提供できる環境づくりをする事が大切なんじゃないですかね。

では店長に必要なスキルとはなんだと思われますか?

店長さんには高い能力が要求されます。店長さんの基本的な心構えとして、風営法許可業者としての遵法営業を目指さなければなりません。

次に経理の明確化、社会的責務等多くのスキルアップが求められます。その達成のためには、大衆娯楽としての使命感を持ち、仕事に生きがいを見出さなければなりません。日々の業務改善とリーダーとしての責務を部下に伝え、教えていかなければなりません。

常に自己研鑽が必要であり、社会から信頼とされるリーダーを目指さなければなりません。それゆえ、店長さんは多くの人から信頼と期待の付託をいただけると思います。

深谷会長ご自身の夢や目標というのはどういったところでしょうか?

私はこの産業界で良いことも悲しいことも両方体験してきて、今では非常に感謝しています。今、私は67歳ですが、これから人生をかけてやりたいことは、自分が恩恵を受けたことをその方には返せない。そこで若い方にその恩を返していきたいと思います。65歳を契機に自分の会社では会長職に退きましたので、今までいただいた恩を返せればいいなという考えで、今ではボランティアを始めとした様々な活動をしています。

それが僕のライフワークかな。65年間のすべては返しきれないですけれど、少しでも多く返したいと思っています。自分の中のエネルギーを使いきって天国に行きたいですね(笑)。

なるほど、素晴らしい目標ですね。深谷会長が日頃から口癖にしている大切にされている言葉などはございますか?

口癖は「損して得とれ」です。

絶対的に自分がまず奉仕をし、肉体的に苦労をしてから得をいただかないとダメだと思います。1をしていただいたら10で返す。これはもう絶対的な鉄則でしょうね。これが僕の口癖です。

今までの話を合わせて、読者の皆さんにも深谷会長の想いが非常に伝わると思います。本日はありがとうございました!

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