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株式会社千歳観光、白石良二社長 TOPから学ぶ

白石良二/株式会社千歳観光 代表取締役社長。様々な業界を経て平成6年に株式会社千歳観光へ入社。その後、平成12年に営業本部長に就任、平成17年12月代表取締役社長就任。社業を務めながら、日遊協の理事も兼務されて業界の活性化、健全化にも力を注いでいます。

今回は神奈川県内と東京都内に8店舗を運営されている株式会社千歳観光の白石社長です。業界に入られた経緯や目標の立て方、白石社長のサクセスストーリーや社長に就任してから行った組織改革と業界の横断的組織である日遊協の取り組みや思い描く業界のあるべき姿についてお話を伺いました。

白石社長、本日は宜しくお願いします。まずは業界に入られたきっかけからお伺いできますか?

この業界に入るまではいろんな仕事をしていました。旅行会社、一般事務、タクシー運転手…業界に入ったのは28歳くらいで、あるきっかけがあったんです。うちの父親が元々釘師をやっていて、その会社では経理関係がずさんで不正があるんじゃないかということで当時タクシー運転手をやっていた私のところに電話がきて「おまえ、経理を見られるよな?」と聞かれたんです。

10日もあれば調べられるじゃないかと言われたのでタクシーの仕事をその間休んで、当時父親が見ていたパチンコ店3店舗のうち1店舗にアルバイトとして入って中身の数字を全部見せてもらったんです。

そうだったんですね!元々、経理の経験があったんですか?

いや、特になかったです。その日のお金を集めて、入金を数えるくらいで自分でも出来るかなと思いました。その日の売上を数えてどこで計上されるのか、1日目はそこだけ目をつけました。そしたらピッタンコで、自分の目をつけた箇所で不正が行われていたんです。1日ですべて解明しました。お金の流れる仕組みを理解した時、どこでお金が抜かれるのか1日でポーンとわかったんです。

でも、タクシー会社には1週間休みをもらっていたし、このホールの経理担当者もクビになるだろうということで、次が見つかるまで休みの間は私が経理を見る事になったんです。

なるほど。その時がターニングポイントだったんですか?

そうですね。経理を任されたので父親や店長の給料がいくらか知ることになったのですが、その額に驚き、業界に対する魅力を感じたんです。

そこで父親に「何ができれば店長になれるんだろう?」と聞いたら「釘調整と、マネージメントだ」と言われました。父親は自分の所に誘ってくれましたが身内の所に入っても甘えが出るだろうからと、知り合いの会社を紹介してもらったのが業界に入るきっかけでしたね。

そうだったんですね。ちなみに当時は独身だったんですか?

、すでに私には妻子がいたので嫁さんと相手のご両親に3年で店長になるから挑戦させて欲しいと話してみました。結局OKはもらえなかったんですけどね…。

なので3年で帰ると伝えて単身でこの仕事を始めました。仕送りもしないといけなかったので寮に住み朝から晩まで働いたんですけどその後、色々あって結局離婚しちゃったんですけどね。

そうだったんですね。その後、目標の3年で店長になれたんですか?

いきました。約束どおり。

それまで他業種で働いていたので、当時ホールにいた人の生活環境や能力などを見て、人は悪くないけど言われた仕事をこなしているだけで、自分から提案したり接客に気をつけたりという人が少なかったんです。そういう環境を見て、自分が上に立てる部分を率直に感じていました。

といっても新人の自分は何ができるわけでもなく、提供できるのは自分の体だけだったから、人が休んでメンバーが少ない時間帯に積極的に働いていたら、半年で主任を拝命しました。

なるほど。他の人が休んでいる時にこそ積極的に動いていたんですね。

そうですね。主任に抜擢されたけどそれまで業界経験のない、29歳の一般男性でした。

その時に感じたのは、人の2倍働こうと思ったんです。そして、これが結果的に自分にとって大きな財産になりました。人の2倍働くってことは、お店の中に2倍いることになりますし、人より倍の時間ホールにいるからその分様々な部分が見えてくるんです。

個人の性格や人と人とのやり取りなどね。目標(3年で店長)がはっきりしていたので人が1年かけてやることを半年で習得できました。自分でも凄く吸収が早かったなと感じます。3年で店長をやると決めた人間が、人と同じ時間しか働かなくていいわけがない、そういう風に思っていましたからね。

やっぱり目標が決まっていると行動が違いますね。

入社して半年が経ち、釘を覚えるときも、釘師や店長のもとに朝早く、または夜遅くに伺って相手に覚えてもらっていましたけど、【まだ早い】【若い】とすぐには教えてもらえませんでした。そうはいっても教えてもらえないから行かない、ではなく《 目で見て覚える》という考えが強かったので、朝の5時半とかに店に行って釘調整を後ろから見てメモを書いて夜も同じくこの繰り返しをしていたんです。そのうち店長も根負けして、「それじゃあ釘を教えてやるよ」と言ってくれました。

なるほど。釘を覚えてからはいかがだったんですか?

釘をやらせてもらってからは色々と早かったですね。実際に釘の調整も悪くないという評価もして頂いて、3店舗を回らせてもらっていました。

そんなある時に店長が朝いないホールがありまして。何をやっているのかなと思ったら競艇や競馬に精を出していました。この店長も長くないんだろうな~と思いつつ働いていたら、案の定辞めることになったんです。その時、3店舗を主任のトップとして回っていた状態でしたので営業部長から「白石くん、釘はできるか?」と聞かれたので、自信はなかったけど「やります」と言いきりました。それが入社して2年半目くらいですかね。

当時、出勤しない店長がいた状況の中で白石社長は誰から教わっていたのですか?

それまでに3店舗見て回っていたので、そこそこ店長像も見えてきていました。

良い店長というのは、お客様やスタッフとよく話し自分の思いを伝えることができる人でしたね。悪い店長というのは、スタッフとコミュニケーションがないとか怖いイメージを持たれるように仕向けている人が多かったのかな。まあ、店長が居なかったおかげで店舗トラブルを店長代理として自分が解決し結果的に色々と勉強できたので出世のきっかけとなったんですよね。居ないことが逆にチャンスにつながったんです。

ある意味、実践的な店長研修を受けていたイメージですね。

そうですね、半年くらいで店舗トラブルはすべて自分で解決できるようになりました。

当時は携帯もなかったから店長から連絡がこないかぎり相談もできないので自分で考え行動をしていた事がチャンスだったと思います。もちろん失敗もいっぱいありましたよ。なんでこんなことを決めたんだと店長に怒られたこともありますけどそれらの事がきちんと糧になっていました。店長を拝命したときも店の規模や、やり方も知っていたのでどうすれば売上が伸びるかなどわかっていたのでやりやすかったです。

店長になられてからの目標はすでに設定されていたんですか?

まずはグループ5店舗中の売上トップ、それから地域トップ、これらは最低やろうと思っていました。4年くらい店長をやって、5店舗のうち3店舗の店長をやって、総括店長もやっていました。

ではその店長経験を経て、千歳観光さんに入られるきっかけはなんだったのでしょうか?

当時、もうパチンコ店はいいかなって思っていたんです。当時オーナーの息子さんが専務として入社してきたのですが、その人とどうしても合わなかったんですよ。わからないことに対して素直にわからないと言えばいいのに、自分の我を通す人で。どうにも間違ったことばかり言うので途中でぶつかることも多くなってきていまして。こりゃあ会社にとっても良くないな・・・と感じて、営業部長に相談して会社を辞めました。

このときパチンコから離れて違う職業をやってみようかなと思ったんです。年齢も35そこそこだったから、まだまだ色々できるだろうと思いまして。そんな時メーカーの人達が「ダメだよ、もったいない」と口を揃えて言ってくれたんですよね。その中のあるメーカーの人から紹介されたのが千歳観光だったんです。

それが千歳観光さんとの出会いだったんですね。

東京と横浜の違いを不安には思いましたが、一度常務と会うことにしたんです。その人がまた怖い顔をしていましてね、こりゃまずいところに来たなと思いました(笑)。

ただ、話してみると現場上がりの人で、話がわかるなというのを感じていました。その日は面接ではないと聞いていたので話をした後にちょっと書類を書いて別れたのですが、それから3日連続、朝に常務から電話があったんです。「入社を決めたか?」と。

常務としては最初から入社してもらう気持ちだったんですか?

私が「え?面接もしていないのに」と言ったら「ばか、会うということは面接ということなんだよ」と言われまして(笑)。まだ決めてないことを伝えたら「そうか、ならちゃんと決めておけ」と初日に言われて、次の日の朝8時にまた電話がきて「どうだ、決めたか」と。「え?昨日の今日ですよ、まだ決めてない」といったら「そうか」と。3日連続これが続きました。

3日も連続で誘ってくれるのだから、縁があるんだろうし、ここまで欲しいって言ってくれているのだから入社しようと決意しました。その旨を伝えたところ「馬鹿、俺が3日も電話かけているんだから早く決めろよ」と言われまして(笑)。しかも「いつから入社ですか」と聞いたら「明日から」って言われたんですよ(笑)。

また、急な話ですね。

そうですね、1週間分の荷物をバッグに詰めて、とにかく来いと。そこで今の会長にお会いしたのがまたひとつの転機でした。最初に言われたのが「あなた若いね」でした。当時の千歳観光には5店舗あったのですが、50~60歳の店長ばかりでしたからね。

自分は35そこそこの若造というわけですよ。今までいろんな人が入ってきて成長しなかったというのもあるだろうし、こんな若い子で大丈夫なのかな?という不安もあったんでしょうね。入社して引き継ぎもあまりしない状態のまま、上川井店の店長をやることになったんです。そこからすべてが始まりました。当時36歳の時でした。

千歳観光さんの店長として新しいスタートを切られた最初のハードルはなんだったんですか?

人ですかね。ホールの業務についてこられない人は辞めていくというのもわかっていたので、去るものは追わずという状態でした。自分の考えと合う人間を入れた方がいいというのもあったので、ダメなものはダメ、良いものは良い、ついてこられないものはしょうがないという感じですね。当時の古い体質も残っていたので、僕のやり方に反発し一度に大量の人間が辞めたときもありましたよ。

そうだったんですね。就任してからは業績はあがったんですか?

アウトは増えなかったです。でも無駄玉を極力排除しました。

それを見て当時の常務に「お客様は増えてないのに、なんで利益があがるんだ?」と不思議がられましたね。前の会社で3店舗分を自分で管理していて、当時のお客様の癖や店の無駄を見抜いたので、どんな店に配属されても、まず無駄玉の排除をやろうと思っていました。データを参考に無駄な部分を調整する、そうするとアウトやお客様が増えていないのに利益だけ増えるんです。

そういった実績を残したので本部にも認められていくわけですね。では様々な実績を残されて経営陣への信頼も厚かったと思いますが、社長になられるまでの経緯を教えてください。

社長になるタイミングは営業本部長をやっていて、あるとき社長に呼ばれて「あんた社長やってよ」と、ただその言葉だけいただきました。

それだけですか!?この業界ですと同族経営の企業様が多いと思うのですけど、社長を任命されるケースは稀ですよね?

そういうところは私も感じていたので、目標としていたのは常務だったんです。

それを飛び越していきなり社長だったのでびっくりしましたが「まあ、やってやろう!!」とすぐ思ったのは内部環境を見ていたからですね。古い体質が残っていたので、内部を変えようというのはすごく感じていました。

あとはやっぱり自分は現場で生きてきた人間なので、現場で起きたことが会社としての課題だなというのも感じていたんです。そういう意味で現場がもっと風通しの良い環境を作ってあげようかなと考えていました。会長からは何も言われておらず、むしろ好きなようにやんなさいとおっしゃって頂きましたね。

社長になられてまず初めに考えられた事はどんな事だったんですか?

まずは教育に力をいれようと、セキュリティ部署やイベント部署、トレーナー部署を作りました。外部を使うのではなく店長が主幹となって進めてほしいと考えていたので、店長自身が講師をするマーケティングや接客、数値管理、などの勉強会を始めました。

当時は1科目1店長が担当していたので、4科目あると4人の店長が本部にくるんですよね。全科目を覚えてもらえば、1店長ですべてがまかなえて効率がいいと考えました。研修2回目の時はB店長がやり、3回目の時はC店長がやる、そこには自分の部下がいるので最後はフィードバックができる。自分の教えたことに対してどうだったのかという意見も確認できるのはいいと思いました。

とても素晴らしいシステムですね。白石社長は店長さんたちに何を求めていらっしゃいますか?

私の求めているものは、今の時代では難しいかもしれないけれど、私が営業部長をやっている時に目標として掲げていた「自立自走」ですね。自分で物事を考えて自分で走り出す。自分自身にエンジンを積んでいるイメージです。

今の若い子には市場確認をしてもらい「こうやっていきたい」という意見をどんどん出して欲しいと思っています。しかし、反面でサラリーマン化してきているので中々難しいのかとも感じます。言われたことをこなしているだけの人が多いのが今の悩みなんですよね。言われた数字を目指して業務をするだけとかね。失敗した時のことを考えて、無難に収まっている今のままでいいや、みたいな部分があるのかもしれないですね。

なるほど。もっと高いところに目標をもって欲しいと思ってらっしゃるんですね?

はい。あとは自分らしさが仕事の中にあるかを常に確認して欲しいですね。私は必ずやっている事なんですけど毎年、必ず振り返って考えます。去年1年間の会社への貢献実績だとか、自分らしさを出しながら業務を遂行できていたかな?とか、そのうえで今年1年どうしようかと考えています。

今年は各店に言ってますが「まず行動しようよ」ということですね。今の子達は頭でっかちで机上の論理で物事を喋り、それでいて案外行動に移さない。それはさっき話したサラリーマン化が顕著に現れている証拠かもしれませんが、私としては失敗を恐れずに行動してみようよと思っています。

行動することで良い悪いもわかってくるし、成功のもとは失敗だと思っていますからね。最初から成功するなんて難しいし、一番大事なのはまず行動してそこで得られるものを身につけて欲しいと思っています。

常に振り返りをして自身が成長しているかどうかを確認しているんですね。話は変わりますが白石社長が口癖にしていることや、大切にしている言葉を教えてください。

「人」ですね、やっぱり。自分が店長や社長になったのも人に恵まれていたからかなと思います。正直、今の地位にいるのも自分の実力ではないと思っていますよ。

誰かが目をかけてくれて、その人のため、その会社のために動いていたから今に至るのではないかな。人が色々助けてくれたというのがあるから、人に対して優しく丁寧に接したいなというのはありますね。対人で気をつけているところは、人というのは《愛されたい》《褒められたい》《役に立ちたい》 《必要とされたい》こういう部分が必ずあると思っているので、各店長と話すときも「お前は必要だよ」とか「お前はこういうところができているよ」とか褒めながら、会話をするように心掛けています。それを聞いた店長が、同じことをその部下にもやってくれるといいなと思っています。

そういう連鎖をおこしたいということですね。

うちの会社って基本理念が「ありがとう」なんですよ。お客様からありがとうの言葉をもらう、そんな企業でありたいと思っているんです。ホールでお客様に「ありがとう」と言われる人間でありたいですね。サービス業の原点かもしれないですけどね。

あとは地域活性化とか地域貢献というのもあるんですけど、もうひとつ私が気に入っているのは「人は人財」ということです。これが頭にないと厳しさや優しさをもって人を教育できないと思っています。

現場で頑張っている店長さんにもそのような意識をもってもらいたいというところですね。

店長職ってその人の能力も関係あるけど、誰かに目をかけてもらえる、そういう環境がないとダメだと思います。評価を他店の店長や上司の営業部長や私がするわけですが、見る部分というのは業務をこなす能力だけではなく、様々な知識、人に対する豊かさや暖かさ、人間としてのスケールなど様々です。

知識やスキルは勉強をすれば案外身につけられますが、人の良さとか人間性というのはそうはいかないですよね。店長になるまでに色々と身につけてきて、成長している部分もあると思いますが、根本的にある程度持っていた方がいいと思うんです。班長、主任、副店長とステップアップする時にそのへんをなるべく多く身につけてきてもらえるといいですね。

なるほど。白石社長は人の器を大きくするにはどうすればいいと思いますか。

やっぱり人の痛みをわかることじゃないですかね。まず相手の話を聞いて考えてあげること、その人のために何がいいか考えることが一番いいんじゃないかなと思います。器が小さいというのは自分の意見しか言わず、相手の意見を聞かないで判断することだと思うので、話を聞く度量は欲しいですよね。

努力すれば器はどんどん大きくなりますから。それを小さくしているのも本人だし、大きくするのも本人だと思います。私、自身大きい小さいは別として、人の話はよく聞きたいし、一緒に悩んであげたいなとも思う、答えはそれからでも見つけられると思っているんですよね。答えがないということもないでしょうし。だから、器を大きく見せるなら人の話をよく聞いて人を大事に思えばいいと思います。

なるほど。素晴らしい考えですね。話は変わりますが日遊協でも活動されてらっしゃいますよね。いま理事として何年目くらいなのでしょうか?

5年くらい経つんじゃないかな。主な活動としてはボランティアの総隊長と支部強化委員の委員長をやっているので、会員の増強と支部の活性化、それと支部の中でボランティアをしようというのがあります。これらをメインでやっていますね。

そんな日遊協に参加されて良かった点はなんですか?

いっぱいありますよ。各企業のオーナー、社長、営業本部長、色んな人たちと会って色んな話を聞けるし様々な勉強をさせてもらっています。パチンコ業界って色んな人がいますが古い体質というのが案外少なくて、変化や情報をみんな受け入れています。

ホール経営者だけじゃなくて業界全体のメーカーさんや販社さんや設備屋さんもいるし、それに付随した色んな業種がまとまっているので総合的にいろんな話が聞けるんです。当局の人と話す機会もいっぱいあるし、業界の流れや歴史、これからの業界に対してどうするのかとか、パチンコを良く思っていない人達にどうやって業界の情報を発信すればいいかなど。今までは自分の店や会社のことしか考えていなかったことが、日遊協に入ってからは、現在と未来の業界に対してどうしていこうとか、そういうことを考える機会をすごく与えられましたね。やっていて本当に楽しいですよ。

情報交換を密に行い業界を活性化するというのが大きな目的だと思うのですが、千歳観光の社長として、日遊協の理事として今後の目標はございますか?

まず、ひとつとしては日遊協の遊技委員会に属していることもあり、お客様の喜ぶような遊技機をメーカーに製作して欲しいという思いはあります。昔はもっと遊べたんですよね。私が業界に入ったころは羽根物が主流で3000円~5000円持ってくれば遊べたんですよね。

今は3万円持ってきてやっと勝負できるような状況ですし、5万持ってきたって1回も大当りしないで帰っている状態もありますよね。業界企業から見ると玉粗利という部分でもう少し考えた方がいいんじゃないかなと思います。それが業界全体のお客さんの確保につながっていくんじゃないかなとも感じますね。

あとはコストをどう抑えるか、消費税の問題もこれから出てくるし、今まで以上に色んな部分でコストの削減が必要ですよね。うちも3~4年前から様々な部分を見直してきているけれども、まだまだやらないとお客様が遊びやすい環境というのができないと思っています・・・もっと頑張らないといけないかなと感じていますね。

このままでは遊技人口がもっと減ってしまうんじゃないかというのはありますよね。

いまゲーム世代の人達が遊んでみたいと思える遊技機をつくらないと今後さらに業界は厳しくなるかもしれませんね。20代でパチンコ・スロットデビューしない人で30代になってから打ち始める人は少ないみたいですから。いかに20代の人にパチンコ・スロットデビューをさせるかというのが私達の課題ですよ。

白石社長、個人としての今後の目標はなんでしょう。

いろんな人にパチンコの楽しさを伝えていきたいなというのがありますね。私たちはこれで食べさせてもらっているんだから、社員にも「パチンコもっとやろうよ」と言っています。

お金が続かないって聞く時もありますけど、パチンコで食べさせてもらっている人が言う言葉じゃないよね。自分が遊ばないのに、お客様にはどんどん来てくださいみたいな、おこがましい行為だと思っています。

なるほど。確かにそうですよね。

1ぱち、5スロなど低玉貸しで遊べる環境は揃っているんだから、遊んでみてパチンコの面白さを再認識して、友だち同士で機種について話し合える環境を作りたいですね。

店長や主任クラスはパチンコ好きな人が多いけれども、事務の人や食堂に勤めている人を含め、みんな好きっていう環境はなかなか無いんですよね。お店に来ていただいているお客様に食べさせてもらっている割には、そこに対しての思いが足りない。私はこれを変えたいと思っています。

最後に読者の皆さんに向けて一言いただけますでしょうか。

昨年、大震災が起こり輪番停電・輪番休業、一物二価の問題、広告規制の問題、これらが一気に出てきましたよね。その時に私が店長達に言ったのは、僕らは昨日まで営業のプロだったと。しかし、各規制が始まったときからは素人と同じだと伝えたんです。今までの既存の考え方、成功体験はゼロに近いんだから未来のプロにならないとダメだよと。今やっている仕事に対し昔はこうだった、ここまではできたと思うと、物事の尺度がそこまでで止まっちゃうから、これからはもっと厳しくなるかもしれない、でも私たちが考えるのはこれからを目指すこと、営業のプロとしてありたいんだったら今までの固定概念は捨てるべきだと思いますね。だから現状で私たちはプロになりきってない。プロと言っているわりには昔の営業のプロなんじゃないかな。

新しい時代に沿った営業のプロというのはまだ出てきていないということですか?

まだですね。現状の規制の中では誰も答えを持ってないのでみんな一緒だと思いますよ。ある意味みんな同じスタートラインに立っている状態だから、これからいいお店を作りたい、業績をあげたいと考えるなら古い固定概念を排除したなかで、未来のプロを目指して仕事に励んだ方が成功は近いと思いますね。

未来のプロがたくさん出てきてくれると業界も盛り上がりますね。本日はありがとうございました。

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