本日の『TOPから学ぶ!』は、平川商事株式会社(本社:大阪)の天野取締役(後編)です。

どうしようもない(?)学生だった自分を変えたい!そしてこの会社を変えてやる!と勢い良く入社してから早16年。

「充実しすぎてあっという間。与えてもらった仕事、全部楽しかったし、全部好きですよ。」
と楽しそうに語る天野取締役。

その中でも、パチンコ店の店長という仕事には特に思い入れがあるそうです。
「現場が全て!僕のベースは現場で培われました。今でも現場から心が離れたことはありません。」

店長時代のお話、そしてこれからの未来。たっぷりお話して頂きました。
続きをどうぞ!

 

―店長から、健康ランドの支配人、そして総務部長、取締役としてのお役目。本当に色んな仕事を経験されていらっしゃいますが、一番思い入れのある仕事は?

やっぱり、今でも現場(パチンコ店)への憧れはありますよ。日本一の店長にまだなれてないんでね。

当時は日本一面白いと感じてもらえる店の店長を目指してやっていました。店に入った瞬間に「ニコッ」てしてもらえる、そんな店を作れるような店長になりたいと思ってやっていました。

パチンコ店の店長には、入社して1年でならせてもらったんですよ。当時は業界の変革期で、当社も若返りというか、その流れがあり、僕みたいな若造にもチャンスがもらえたんですよ。

だから、出来るわけ無いんですよ、それでもやらせてもらえた。その環境を与えて頂いたことが、僕の人生を変えましたね。今でも社長はよくいいます。「お前になんか出来へんと思ってたけど、でもさせたかったんや。」と。

何にも分からない状態で、店長だと言われてぽつんと店に行かされて。よく出来たな、と思うと同時に、やれば出来るもんだな、と学びましたよね。

いまだに忘れられないのが、23歳かそこらの若造の僕に、初めて店長として店に行くときに社長が、「経営も何も分かっていないお前に出来るとは思ってない。でも、行くからには、おまえは店長であり、親父や。店に行けばお前より年上ばっかりや。本当の父親くらいの年齢の人もおるやろう。それでもお前が親父や。その自覚だけは絶対に忘れるな。」とおっしゃいました。

その言葉が僕の全てかもしれません。経験や知識は関係ない。その立場を与えられた自分が、父親としての背中を見せれているのか、見せようとしているのか。

16年経っても忘れない言葉ですね。

僕、あんまり人の話し聞かないんですが(苦笑)、社長が要所要所にくれた言葉は、やっぱり残っていますねえ。励ましだけじゃなくて、叱責の言葉の方が多いかもしれませんが・・・(笑)

―それでは店長さんに求めることはどんなことですか?

店長というポジションは、社員やスタッフにとっては、難攻不落の存在、絶対的な存在であって欲しいと思います。
自分に甘えないとか、だらしない姿勢を見せないとか。店長というのは常に厳しいだけじゃなく優しさも備えて、ぶれていない存在であって欲しい。
先ほども言いましたが、僕は店長に対する思い入れが個人的に非常に強いんですよね。
僕が育ててもらったのは現場でしたから。今の考え方も能力も、全て現場でパチンコ店の経営を通じて学んできた、という自負があります。パチンコ業界の現場で10年やってきたことが、僕の根幹になって、自信にもなっています。
昨日も20代の店長に、もっともっと現場で汗流せ、当然ビジネスマンとして学ぶことはあるけど、営業中は現場で学べ。現場に全てが落ちている。もっとスタッフと一緒に働いて、笑って、泣いて。そうやって働いていれば、おのずと30代、40代の未来は拓かれる、と偉そうですが話をしてきました。

ちなみに僕が店長をしていた当時、僕自身は日本一お客様の「顔」をお覚えている店長であり、日本一お客様に「顔」を覚えていただいている店長になることを目指していました。それだけホールに張り付いてました。そのほうがクレームやトラブルも即座に対応できましたし、お客様に安心感を持っていただけるので、直接声を掛けてもらうことが多かったですね。営業数値のシミュレーションを考える時も、数字だけでなく、お客様のかおを思いながら考えたりしていたことを懐かしく思います。それがいいか悪いかは別ですが。
今、この仕事に携わっている多くの方々に、パチンコ店で働くことが「天職」と言われるまでに、
この職業の地位を高めたいと勝手に企てています。
但し、現場にいるとどうしても視野が狭まりがちになりますので、物事を広く捉える鳥瞰的視野をもてるような習慣を取り入れたほうがいいかなと意識してます。

―ありがとうございます。それでは天野さんの夢、目標を教えて頂けますか?

夢というより、「志」をいつも意識しているんですが、僕の志は、今の総務人事部という立場でいうと、社員幸福度の最大化です。まず内から外、という考え方で、社員が会社に対して満足することが、お客様にとって最高の満足を提供することにつながると考えています。
だからこそ、どういう会社にすることが社員やスタッフにとって幸せなのか、それが一番のテーマで、それに対して色んなことを試行錯誤して考えています。
答えは出ないかもしれません。答えは働いている社員の姿かもしれません。それは、外の人から見て、判断して頂くことだと思います。
それが、私の会社に対しての使命、命を使うところだと考えています。
また、個人的な夢は早く引退することです。それは会社や業界に恩返しするために。
15年後、僕が55歳になったら、民間の企業出身者として、中学校の校長先生になりたいと思っているんです。そこで平川商事で学んだこと、社会で学んだことを多感な時期の子供達に希望を伝えていきたい。それが会社やパチンコ業界に対する恩返しになるのかな、と。
人からどう思われようが、自分が誇りをもって働けるのであれば、職業なんて何でもいい、と思うのですが、それでもこの業界でお世話になって、「何でパチンコなの?」と言われることも確かにありますし、一時期は、それを見返してやる、という強い気持ちでやってきたこともないことはないので、そんなイメージを変えたい、という思いもあります。
元パチンコ店店長、現公立中学校校長、というのも悪くない。
その頃には、弊社はもっと成長して更に優秀な人材が必要になっていると思いますから、未来の平川商事の社員を10代から作る、というのも面白いでしょうね。

誤解を招くとあれなんですが、当然、早く辞めるのが希望ではないです。ただ、自分の人生を考えると丁度折り返し地点かなと見据えてます。入社して16年、もうあと半分です、平川商事での僕の命は。だからこそ後悔したくないし、最高の状態でバトンタッチしたい。
電車やバスは、若い者が年配の方に席を譲るのが当たり前ですが、でも会社っていうのは、僕は年寄りが席を譲るもんやと思っています。若者にはできるだけ早いうちに経験をさせる方が絶対に伸びるんですよ。
年を取った頭の固い人間が、一定のポストに居座ったらだめなんですよ。だから僕は早くそのポストをあけたいな、と思っています。
こういうと年寄りや社歴の長い者は駄目という考えを持っているという語弊を抱かれるかもしれません。決してそうではありません。必要な存在としてのポジションを確立できていれば当然問題ありません。
ちなみに僕は高齢化社会を前向きに捉えており、自分の人生のピークを60代の10年間に持っていけないかと考えてます。ピークとは知力・体力・精神力です。今から20年間の積み重ねによって、知力・精神力だけでなく、体力も20代や30代に負けることのない身体も維持できるのではないかと真剣に考えています。若者からすれば、無茶苦茶うっとうしい元気なおじいちゃんになってやろうというわけです。

―すごく素敵な60代を過ごされている天野さんが目に浮かびます。さて、社員さんに対してはどんな思いで働いて欲しいと思われますか?

成長を実感できるような仕事をできれば幸せでしょうね。ああ、俺は成長してるんやって。
僕、そういう瞬間が何度かあったんですよ。そのときが一番幸せを感じたかもしれませんね。正直、給料上がったときより。俺、こんなことが出来るようになった!とか、こんな人と普通に話しできてるな、とか。そう思えるときがたまに訪れるんですよね。やってて良かったなあ、と心底思います。
それを押し付けるわけじゃないですが、そういう気持ちになる仕事をして頂けたら、ありがたい。そういう風に思えるような環境を作ってあげないといけないと思いますね。
成長を実感することは、またさらに成長したいという動機になりますし、自信にもなりますからね。

―ありがとうございます。最後に現場で働く皆様へのメッセージをお願いします。

僕は現場が大好きです。現場で育ててもらい、今でも現場から心が離れたことはありません。ともに業界を盛り上げていきましょう!

―16年の長きに渡って平川商事とともに成長し、企業の発展を支えてこられた天野取締役。お話から、経営者との絆、企業の強さが垣間見えました。ありがとうございました!【END】

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