パックエックス通信

平川商事株式会社、天野宏宣取締役 TOPから学ぶ

天野宏宣/平川商事株式会社 取締役 パチンコ事業部第二営業部 部長。大阪なんばにそびえ立つnamBa HIPSの、地下2階から地上2階までを占めるARROWナンバHIPS店。業界内外で大変な注目を集め、業界紙でも大きく取り上げられていましたね。視察に行かれた方も多いのでは?そのナンバHIPS店を含め、関西圏に22店舗を有する平川商事。そこへ新卒で入社して約16年間、なりふり構わずがむしゃらにやってきた天野取締役。

今回の『TOPから学ぶ!』は、平川商事株式会社(本社:大阪、屋号:アロー)の天野取締役(前編)です!どんなに辛いことがあっても前に進み続けたわけは、目標とする人物の存在があったからだそう。「平川(社長)は昔から、今でもずっと【進化】し続けているんです。」社長に惚れ込んで、その背中を追い続けている。「自分もそんな背中を部下に見せられているのか。いいプレッシャーを感じながらやっています。」関西を代表する元気な注目企業にズームイン!してみました。注目です。

天野取締役、本日は何卒よろしくお願いします!さて、天野さんは入社して16年とお聞きしておりますが、振り返ってみていかがですか?

とても月並みな表現ですが、あっという間でした。そう思えるのは幸せなことで、それだけ充実した、中身がともなった期間だったと思っています。また、これから先もっと充実させることができる、という自分なりの可能性を確信できた16年間でもありました。

振り返ると、それだけ学べた、成長できた期間だったかなと感じています。

素晴らしいですね。ご経歴を教えてください。

僕は新卒での入社でした。入社してから、パチンコ事業部は10年程経験させてもらいました。途中で何度か本社勤務をさせてもらったり、3年ほど前には奈良にある温泉宿泊施設の総支配人を任せてもらいました。それまでパチンコ一筋でしたから、まったく畑違いの仕事にだいぶ戸惑いましたね。

ただ、それを経験できたことは自分の中でとても大きかったんです。自分はパチンコ業界以外で通用するのか、という思いがあったのですが、それまでの経験は温泉施設、ホテルの仕事にも大いに活きました。結局は商品が違うだけで、商売というのは原理原則変わらへんな。パチンコ業界で学んできたことは大丈夫やな、と自信に繋がりました。

私は採用や教育にも携わっていますので、この想い、パチンコ業界で一生懸命やればどこに行っても大丈夫やで、ということを新入社員や、学生さんにストレートに伝えるようにしています。身を持って体験できる、素晴らしい機会をもらったな、と思っています。

転職で色んな仕事をしてスキルアップをする方もいますが、天野さんは同じ会社の中で、随分と色んな経験をされてこられたんですね!

最近になって分かるようになってきたんですが、転職=転々と色んな会社を見て、最終的には自分の「天職」にめぐり合えるのかなと思っていましたが、僕は、ここに居続けたからこそ天職に出会えたと思っています。外を見に行くことだけが、視野を広げたりキャリアアップにつながるとは思っていません。かといって終身雇用でぶら下がる社員になれというのではなく、志を高く、経営者意識を持ってやり続ければ、自分にとって最高の「天職」になっていくと思いますよ。

16年間色んな経験をさせてもらっていますが、自信は今も、あるようでないかな。全く無いわけではないけど、いつまでも怠慢にならないように、と心がけています。まだまだ知らないことだらけ。自分が何も知らないということだけは、知っている。それを意識しています。

もともとは教師を目指していらっしゃった、とのことですが、入社されたきっかけは何でしたか?

教職に就くために大学に進学しましたが、在学中にパチンコに興味をもったのが入社のキッカケになります。本当にあのときの自分のような人間が万が一、教師になっていたら大変なことになっていたかもとゾッとします。パチンコ業界で平川商事を選んだのは、やはり面接、ですかね。とにかく面接のインパクトがすごかったのを覚えています。今ではありえないことなんですが、当時僕の面接をしてくれたのは、弊社の専務と社長の平川(以下:社長)だったんですよ。

当時の自分を振り返るとぬるい学生生活に浸りきった本当に腐り切った人間でしたから、面接も正直軽い気持ちで臨んだんですが、社長からめちゃくちゃ厳しいことばかりを質問されたんですよね。面接ってこんなにきついことを聞かれるのか、というくらいに。お前は何を学んできてん?お前は何ができんねん?本当にやれるのか?とか。浅知恵をいうと、必ず見抜かれるようなね。それは当時から今でも変わっていません。学生だった僕は、それにびびったと同時に、しびれたんですよ。

この人は怖い、と思うのと同時に、この人の下であれば鍛えてもらえるんじゃないのか、と。とことん腐りきってましたので、このままじゃいけない、厳しい環境に身をおかなければいけない、とぼんやり思っていたんですよね。だから、まさしくここだ、と。この人の元で逃げなかったら成長できるのかもしれない、と感じて入社を決めました。

唯一僕が自分を褒めれるとしたら、あの時この会社に入社を決めたこと、ですね。

腐りきっていらっしゃったんですか(笑)今の天野さんからは想像もつきませんが・・随分変わられたんですね?

いやぁ、本当にひどかったですよ。今では、よくあんな若者を置いてくれてたな、と思います。そこはずっと会社に感謝しています。人に感謝する気持ちなんかさらさらない。俺は間違っていない。俺のやっていることが正しいっていう、根拠の無い自信だけがありました。俺はできるって。思いっきり勘違いしてましたよ。

それが、入社して6・7年が経ったころ、社内で行っている研修に参加してから、一気に変わりました。経営者と同じ価値観を共有するため、企業としての価値観を伝える研修を、十数年続けているのですが、入社して間もない社員と経営者が一緒になってやるんです。色んなことを学ぶのですが、考え方がガラっと変わりました。例えば、世の中は二律背反。肯定と否定、正と負がくっついて成り立っていますよね。でも僕にはその考えがなかった。どちらか片方しか受け入れられなかったんですよ。それを、両方受け入れていく、難しい言葉で言うと、アンチとテーゼから生まれるジンテーゼが大事である、矛盾するものからさらに高いものを生み出す、という考え方を持ってから、だいぶ変わりました。

例えば、それまで、遅刻をした社員がいたら、即刻クビにするような感じでした。一つの正しか認められなかったんです。選択肢が少ない、というのは楽なんですよね。自分のやり方、考え方に合わない人間は排除する、それは楽なことでした。しかしそれではいけないとだんだん分かってきました。だから、今でも申し訳ないなと思うのは、自分の未熟さゆえに将来性のある人間を何人も辞めさせてしまってたのではないかということです。その時は真剣に、正しいと思ったことを本気でやっていたけど、考え方・物事の捉え方が浅はかだったんですよね。もしかしたら、有能な会社の財産をつぶしてしまっていたのではないか、と今でも後悔しています。今だったらきっと違う接し方ができたな、と。

やはり、上に立つ人間が成長しないとダメなんですよね。上に立つにあたってふさわしい人間にならないと、後輩達は不幸です。見せるべき背中を見せれているのか。それが今、一番考えていることです。

当時の僕を知っている人がこれを見たら、よくそんな偉そうなこと言えるな、って言われると思いますが(苦笑)

価値観が180℃変わった、といった感じでしょうか。考え方が変われば、行動も変わるんですね。天野さんの人生を大きく変えた16年間だったと思うのですが、頑張れた理由はなんですか?

自分が変えてやろう、と思っていました。この会社を変える、この業界を変えるような人間になりたい。一番は、自分を変えたい。とにかく自分自身には負けたくないと思ってやってきた16年でしたね。

それと、ずっと目標とする姿が目の前にあったからだと思います。社長と常務、この二人の背中をずっと追いかけてきました。いつか追い越さないといけない、と思いながら、でも実際はどんどん差をあけられているんですよ。社長とは7つ、常務とは4つ年が違うんですが、常に、社長が35のときはこうだったから、自分が35の時はこうなりたい、とか、常務がいくつのときはこうだったから、自分も・・と追いかけてきました。

僕は今年40になりますが、社長が40のときと、今の自分はやっぱり違うよなーって思います・・・。社長はずっと成長というか、「進化」されていて、そういう風に背中を見せて頂いているのが本当にありがたいことです。僕自身もそんな背中を見せつけないといけない、と良い意味でプレッシャーや責任を感じます。本当の優しさを持った人だと思います。優しいだけじゃない、厳しさの中の優しさ。僕はああいう男になりたいです。

同僚や後輩達にも恵まれていると思います。俺みたいなやつをよく支えてくれた、ついてきてくれたな、と本当に感謝しています。僕が入社した当時が14店舗。現在が22店舗なので、この16年でそんなに店舗展開しているわけではないんです。この商売は人があってこその事業。人が育ってないのに店舗を増やしても失敗するだけ、という社長の考え方は昔から一貫して変わりません。

店舗数はそんなに変わりませんが、中身はとても変化してきています。変わらないと企業はダメですよね。新入社員の研修でも伝えますが、企業も人も、成長が止まれば死んだも同然。特に社長はその意識が強く、ずっと進化、成長を意識しながらやっているのを感じます。

「進化」し続けるTOPのもとで仕事ができるとは、すごく幸せなことですね。さて、去年の入社式はなんばグランド花月で吉本新喜劇風の入社式をされて、大好評だったそうですね。立役者は天野さんだとお聞きしましたが?

立役者とは思っていませんが、いつもの入社式が面白くないな、と考えていたときに広告代理店の方から、吉本新喜劇の舞台(なんばグランド花月)でやれますよ、と提案をもらったんです。

以前から漫才研修に興味があったので。プロの漫才師が講師で来て、即興で社員同士が漫才をやったりするんですけどね。人前で話すことの難しさ、そして、間とか掛け合いとか、人を笑わせることの難しさを理解する研修としてすごく有効だと思い興味があったんです。

人を笑わせるのは、泣かせるより難しいと言います。我々はサービス業として、日頃簡単に「人に感動を与える!」とか言ってますが、それは更に笑わせること以上に、とんでもなく難しいことで、それを理解して欲しくてやりたいと考えていました。

そんな考えがあったので、なんばグランド花月の舞台での入社式という企画がピンときて、やってみようかな、と。入社式の前の1週間、泊り込みで新入社員研修をやるんですが、そこで即興の漫才研修もやりました。

新入社員の皆がやった後、サプライズで僕と総務人事の部下とで10分くらいのネタをやりました。これは即興ではなく、サプライズとして用意しましたので、準備から本気でやりました!ウケましたね~(笑)講師としてプロの芸人さんもいらっしゃってたのですが、「最初は普通に笑ってましたが、素人がここまでやるのかって途中から笑えなくなりました!」って言ってもらえました(笑)とにかく、人に感動を与え、驚かせるにはここまでしなければいけないっていうことを伝えたかったんです。まぁ、コンビを組んだ部下が可哀そうでしたけど。だって、通常の業務ならいざ知らず、「お前のツッコミは下手すぎる!なんでそんなにセンスないねん!」って本気で怒ってましたから。彼にも感謝です!!

入社式、取材させて頂きたかったです~~!!御社ならでは、の入社式。その目的は何だったのでしょうか?

新入社員、そして彼らのご両親に向けて「息子さん、娘さんをこんな会社で預かります。」という決意表明のために。そして、パック・エックスさんも含めて日頃からお世話になっている関係協力会社さんに感謝の気持ちとして、楽しんでいただく場にしたい、ということ。

既存社員の家族も招待したんですが、奥さまや旦那さま、お子様方に「あなたたちのお父さん、お母さんはこんな会社で働いているんですよ」ということを知っていただきたいというのが目的でした。

僕は、最初は単純に入社式だけを考えていたんですが、社長が「何か足らない。」とずっと言っていまして、色んな方向から考えた結果、三方良しの考え方ではないですが、社員・家族・関係協力会社様に感謝の意を伝えることを目的とした場にすることとなりました。

僕は取締役という役をもらっていますが、入社式をやるにあたって、そこまでの発想はありませんでしたからね。まだまだ視野が狭いなと感じます。やっぱり、社長の発想、経営者の視点というものは、見習わなければと思います。後日、数名の社員から「あんたが毎日一生懸命働く意味が、あの式典に参加して分かった気がする」と奥さまやご両親から言われたと聞いた時は、やって良かったなとつくづく感じました。

店長から、健康ランドの支配人、そして総務部長、取締役としてのお役目。本当に色んな仕事を経験されていらっしゃいますが、一番思い入れのある仕事は?

やっぱり、今でも現場(パチンコ店)への憧れはありますよ。日本一の店長にまだなれてないんでね。当時は日本一面白いと感じてもらえる店の店長を目指してやっていました。店に入った瞬間に「ニコッ」てしてもらえる、そんな店を作れるような店長になりたいと思ってやっていました。

パチンコ店の店長には、入社して1年でならせてもらったんですよ。当時は業界の変革期で、当社も若返りというか、その流れがあり、僕みたいな若造にもチャンスがもらえたんですよ。だから、出来るわけ無いんですよ、それでもやらせてもらえた。その環境を与えて頂いたことが、僕の人生を変えましたね。今でも社長はよくいいます。「お前になんか出来へんと思ってたけど、でもさせたかったんや。」と。

何にも分からない状態で、店長だと言われてぽつんと店に行かされて。よく出来たな、と思うと同時に、やれば出来るもんだな、と学びましたよね。いまだに忘れられないのが、23歳かそこらの若造の僕に、初めて店長として店に行くときに社長が、「経営も何も分かっていないお前に出来るとは思ってない。でも、行くからには、おまえは店長であり、親父や。店に行けばお前より年上ばっかりや。本当の父親くらいの年齢の人もおるやろう。それでもお前が親父や。その自覚だけは絶対に忘れるな。」とおっしゃいました。

その言葉が僕の全てかもしれません。経験や知識は関係ない。その立場を与えられた自分が、父親としての背中を見せれているのか、見せようとしているのか。

16年経っても忘れない言葉ですね。僕、あんまり人の話し聞かないんですが(苦笑)、社長が要所要所にくれた言葉は、やっぱり残っていますねえ。励ましだけじゃなくて、叱責の言葉の方が多いかもしれませんが・・・(笑)

それでは店長さんに求めることはどんなことですか?

店長というポジションは、社員やスタッフにとっては、難攻不落の存在、絶対的な存在であって欲しいと思います。自分に甘えないとか、だらしない姿勢を見せないとか。店長というのは常に厳しいだけじゃなく優しさも備えて、ぶれていない存在であって欲しい。

先ほども言いましたが、僕は店長に対する思い入れが個人的に非常に強いんですよね。僕が育ててもらったのは現場でしたから。今の考え方も能力も、全て現場でパチンコ店の経営を通じて学んできた、という自負があります。パチンコ業界の現場で10年やってきたことが、僕の根幹になって、自信にもなっています。

昨日も20代の店長に、もっともっと現場で汗流せ、当然ビジネスマンとして学ぶことはあるけど、営業中は現場で学べ。現場に全てが落ちている。もっとスタッフと一緒に働いて、笑って、泣いて。そうやって働いていれば、おのずと30代、40代の未来は拓かれる、と偉そうですが話をしてきました。

ちなみに僕が店長をしていた当時、僕自身は日本一お客様の「顔」をお覚えている店長であり、日本一お客様に「顔」を覚えていただいている店長になることを目指していました。それだけホールに張り付いてました。そのほうがクレームやトラブルも即座に対応できましたし、お客様に安心感を持っていただけるので、直接声を掛けてもらうことが多かったですね。営業数値のシミュレーションを考える時も、数字だけでなく、お客様のかおを思いながら考えたりしていたことを懐かしく思います。それがいいか悪いかは別ですが。

今、この仕事に携わっている多くの方々に、パチンコ店で働くことが「天職」と言われるまでに、この職業の地位を高めたいと勝手に企てています。

但し、現場にいるとどうしても視野が狭まりがちになりますので、物事を広く捉える鳥瞰的視野をもてるような習慣を取り入れたほうがいいかなと意識してます。

ありがとうございます。それでは天野さんの夢、目標を教えて頂けますか?

夢というより、「志」をいつも意識しているんですが、僕の志は、今の総務人事部という立場でいうと、社員幸福度の最大化です。まず内から外、という考え方で、社員が会社に対して満足することが、お客様にとって最高の満足を提供することにつながると考えています。だからこそ、どういう会社にすることが社員やスタッフにとって幸せなのか、それが一番のテーマで、それに対して色んなことを試行錯誤して考えています。答えは出ないかもしれません。答えは働いている社員の姿かもしれません。それは、外の人から見て、判断して頂くことだと思います。

それが、私の会社に対しての使命、命を使うところだと考えています。また、個人的な夢は早く引退することです。それは会社や業界に恩返しするために。15年後、僕が55歳になったら、民間の企業出身者として、中学校の校長先生になりたいと思っているんです。そこで平川商事で学んだこと、社会で学んだことを多感な時期の子供達に希望を伝えていきたい。それが会社やパチンコ業界に対する恩返しになるのかな、と。

人からどう思われようが、自分が誇りをもって働けるのであれば、職業なんて何でもいい、と思うのですが、それでもこの業界でお世話になって、「何でパチンコなの?」と言われることも確かにありますし、一時期は、それを見返してやる、という強い気持ちでやってきたこともないことはないので、そんなイメージを変えたい、という思いもあります。

元パチンコ店店長、現公立中学校校長、というのも悪くない。その頃には、弊社はもっと成長して更に優秀な人材が必要になっていると思いますから、未来の平川商事の社員を10代から作る、というのも面白いでしょうね。

誤解を招くとあれなんですが、当然、早く辞めるのが希望ではないです。ただ、自分の人生を考えると丁度折り返し地点かなと見据えてます。入社して16年、もうあと半分です、平川商事での僕の命は。だからこそ後悔したくないし、最高の状態でバトンタッチしたい。

電車やバスは、若い者が年配の方に席を譲るのが当たり前ですが、でも会社っていうのは、僕は年寄りが席を譲るもんやと思っています。若者にはできるだけ早いうちに経験をさせる方が絶対に伸びるんですよ。年を取った頭の固い人間が、一定のポストに居座ったらだめなんですよ。だから僕は早くそのポストをあけたいな、と思っています。

こういうと年寄りや社歴の長い者は駄目という考えを持っているという語弊を抱かれるかもしれません。決してそうではありません。必要な存在としてのポジションを確立できていれば当然問題ありません。

ちなみに僕は高齢化社会を前向きに捉えており、自分の人生のピークを60代の10年間に持っていけないかと考えてます。ピークとは知力・体力・精神力です。今から20年間の積み重ねによって、知力・精神力だけでなく、体力も20代や30代に負けることのない身体も維持できるのではないかと真剣に考えています。若者からすれば、無茶苦茶うっとうしい元気なおじいちゃんになってやろうというわけです。

すごく素敵な60代を過ごされている天野さんが目に浮かびます。さて、社員さんに対してはどんな思いで働いて欲しいと思われますか?

成長を実感できるような仕事をできれば幸せでしょうね。ああ、俺は成長してるんやって。僕、そういう瞬間が何度かあったんですよ。そのときが一番幸せを感じたかもしれませんね。正直、給料上がったときより。俺、こんなことが出来るようになった!とか、こんな人と普通に話しできてるな、とか。そう思えるときがたまに訪れるんですよね。やってて良かったなあ、と心底思います。

それを押し付けるわけじゃないですが、そういう気持ちになる仕事をして頂けたら、ありがたい。そういう風に思えるような環境を作ってあげないといけないと思いますね。成長を実感することは、またさらに成長したいという動機になりますし、自信にもなりますからね。

ありがとうございます。最後に現場で働く皆様へのメッセージをお願いします。

僕は現場が大好きです。現場で育ててもらい、今でも現場から心が離れたことはありません。ともに業界を盛り上げていきましょう!

16年の長きに渡って平川商事とともに成長し、企業の発展を支えてこられた天野取締役。お話から、経営者との絆、企業の強さが垣間見えました。ありがとうございました!【END】

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