パック・エックス通信を御覧の皆様、こんにちは!
編集長のまつしまでございます。
本日の『TOPから学ぶ!』は、株式会社夢コーポレーションの加藤社長(前編)です!

2006年に松田現会長から同社を託される形で社長に就任された加藤社長は、
経営者の親族ではない中での事業継承と、業界では珍しいケースの社長です。

「男なら、一度はやってみたい、と思ってました。夢とか、ロマンとか、ね。」

なぜ、社長就任のお話を引き受けられたんですか?
とお聞きすると、にこやかにお答え下さった加藤社長。
しかし、その笑顔の裏には、多くの社員、スタッフ、その家族達の生活を守らなければ、
という覚悟が見え隠れしていました。

眠れない日々が続いた時期のこと、社長としての喜び、達成感、
何をおいても現場を大切にしたい理由など、
かつてはいちサラリーマンだった加藤社長だからこそ話せることを沢山お聞きしました。

では、どうぞ!

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加藤 英則さん プロフィール

株式会社夢コーポレーション(http://www.yume-corp.co.jp/

代表取締役社長

1986年に同社入社。

一般社員からの叩き上げで、1998年取締役就任、そして2006年に代表取締役へ就任。

同時にパチンコ・チェーンストア協会代表理事も勤めるなど、業界活動に尽力。

TOPから学ぶ!!

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―加藤社長、本日は何卒よろしくお願いいたします。加藤社長は業界の中では大変珍しく、血族以外で事業継承されていますが、どんなタイミングで社長になろうと?

今、代表取締役社長に就任してから3年半くらい経ちますが、やってみないか、と言われたのは、それからさらに遡ること3年ほど前ですね。

現会長の松田が、あと数年したら引退するから後は任せるぞ、と。未だに引退してないけどね(笑)

会長自身が、ホンダの創業者本田宗一郎と同じような考え方なんですよ。「会社というのは、松田家のものじゃなくて、公のもの。社員全員のもの。一族で事業を継承できる人間がいるのであればやればいいが、いなければ血族かどうかは問わない。」と言い続けていましたので、それを実践されたということですね。

社長就任を打診された時には、本当に?っていう気持ちが半分、そしてもう半分は、もし社長になったとしたら、どういう風にしていこうかな、ということを考えていましたね。

会社のこういうとこを変えたいな、こういう風にしたいな、とかね。

―社長にふさわしい、と見込まれての抜擢だったんですね!以前から社長になりたい、という思いはあったのですか?

多かれ少なかれ、いずれは独立というか社長として自分でやってみたい、という思いはありましたよ。

今の若い世代は、出世欲というのが少なくなってきたらしいけど、サラリーマンの「あがり」はやっぱり経営者になること。それを目指してはいました。

幼い頃から事業継承を意識してきた2代目、3代目の方とは心構えから違いますからね、やはり話を受けたときは、怖いといえば怖かったですよ。

自分の決断一つで、会社が右へ行ったり下へ行ったり、するんだろうな。もしものことがあったら、全社員が路頭に迷うことになる。それを考えると怖い。

もちろんそれは、今でも怖いですよ。社長になるということは社員の人生を預かるということ。絶対に路頭に迷わせるわけにはいかないですからね。

断るという選択肢はあったかもしれないけど、それを選ばなかったのは、やっぱりそこには夢やロマンがあって、男なら一度はやってみたい、という思いがあったからかな。

あともちろん、会長の松田に本当にお世話になっていたというのも大きいですね。私が入社した当時は6店舗だったんですが、そこから一番ピークでは48店舗にまで展開しました。それだけ、一緒にやってきた、伸ばしてきた、という思いもありましたので、役に立てるのであれば、という気持ちもありました。

―社長に就任されてご苦労されたことはどんなことでしょう?

1年目はある程度業績も残せて順調だったのですが、2年目になると、色んな悪いことが重なりました。

業界全体に対する金融機関の引き締めが厳しくなった時期に、当社の店舗が風適法違反で営業停止処分になったんですよ。イメージダウンだけでなく、金融機関から融資をストップしたい、と言われ、一時期全くお金が出なくなったんです。

役員全員、もちろん私も含め減給させてもらったり、銀行返済期間を延ばしてもらうなど、何とかやりくりしました。

その時が一番大変でしたね・・

一歩間違えれば倒産していたかもしれない。あの時は毎晩眠れなかったなあ。

社員の皆も、今までは、悪い悪いと行っても、パチンコ企業は潰れないだろう、という安心感というか、そんな感覚だったと思うんですが、そうじゃないよ、というのを実感として全員が感じ、今会社が本当にまずい、ということを分かってくれたんですよね。

本当に迷惑を掛けましたが、減給も受け入れてくれたり、経費削減など、全員が真剣に取り組んでくれました。

沈む船から逃げるネズミのように、去っていく人たちもやっぱりいました。でもそれはしょうがないこと。その人たちにも生活があるから責めることではない、けどやっぱりちょっと悲しかったですよね。

そんな中でも、残って共に踏ん張ってくれた社員の皆には、本当に感謝しています。

―会社が危機的な状態でも、信じてついてきてもらえる、ということはまさにリーダーシップだと思うのですが、当時、どんな風に話をされたのですか?

ありのままを本心で伝えました。

会社の状況、細かい数字まで全部公開して、見てもらいました。そして、今の状態はこうだけど、今後こういう風して回復させるという計画と、ついてきてくれということを本心で語りました。

小手先のことを言っても、伝わりませんからね。まずはこちらが皆を信頼して、本心で話すことが必要でした。

―ありがとうございます。他に、経営トップとして心がけていらっしゃることを教えてください。

基本は現場が大事だと思っています。現場をおろそかにすると絶対ダメ。良いことも悪いことも、全部現場にあります。数値だけをみていては惑わされますから、両方みて判断をしないと。

それから、一番は人ですよね、何にしても。人を大事にすること。過保護ではいけないんだけど、それが一番心がけていることでしょうか。

かつては、ハードを整えれば、ソフトは後からついてくると思っていたんですよ。ハコさえ作れば成り立つ商売、それが経営だと思っていたら、とんでもなかったんですよね。そんなことしてたから行き詰まったんだと思っています。

会社が社員、スタッフを大切に思う気持ち、そういうものを大切にしなければ企業としてうまくいくはずがない、という風に考えが変わりました。

釘の叩き方や利益の計算だとか、技術面の教育以外にも、人の教育や指導方法、メンタル面の教育なども、ここ2、3年真剣に取り組み始めています。

現場が大切、そして人が大切、ということで、最低でも週に2店舗は自分の目で見て回るようにしています。そして、アルバイトも含めてみんなと話をするようにしています。

でも、あんまり話してくれないんですよ。やっぱり社長にいきなり話しかけられたら困るのかな?(笑)ちょっとよそよそしいです。何かない?って聞いても、ないです!ってね~。

しらふでは話しもしにくいだろうから、店に行ったら必ず皆とお酒を飲みに行っています。

教育にしても成長の基盤にしても、コミュニケーションっていうのは第1歩だと思っています。

―社長としての達成感、とはどんなことですか?

業績っていうのは当然ありますけど、それよりも、社員の人が育ってくれる、というか、「こいつダメだな~」と思っていたスタッフが、次にお店に行った時に、人が変わったように活躍していたり、そういう方が嬉しいと感じますね。

あと、サービス面でお客様から感謝されているのを聞いたり。

そんな皆の姿を見たくて、現場に足を運んでいるというのもありますね。

―現場が大切にして、現場の方の成長をすごく楽しみにされているんですね。

続きは後編へ!

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