パック・エックス通信を御覧の皆様、こんにちは!
編集長のまつしまでございます。
本日の『TOPから学ぶ!』は、株式会社ノースランドの澤田専務(前編)です!
澤田専務には私が入社1年目の頃、約5年前からお世話になっていて、
今回改めてお話をお聞きしました。

口下手だから、絶対ムリ。

と、言いながらも、
企業、そこで働く個人にとって、生き方や考え方の「背骨」となる企業理念の大切さ。
そして、それを実践されているご自身の経験をお話頂きました。
キーワードは「対話」、「感謝」、そして「生かされている」こと。

前編では、専務の入社当時のお話、大切にしてきたことを中心に伺いました。
「経験では勝てないけど、気持ちでは勝負できる。」
と、経験0から繁盛店を作っていった専務。

皆さんは経験のない仕事をする時、そんなアツイ気持ちを持っていますか?

では、どうぞ!

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澤田 修宏さん プロフィール
株式会社ノースランド(http://www.northland.co.jp/
専務取締役
富山県下に24店舗を展開。
スタッフに求めることは、企業理念の実践。とにかく理念追求、実践にこだわる。

TOPから学ぶ!!

 

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―澤田専務、本日はどうぞよろしくお願いします!澤田専務は私が1年目のときからお世話になりっぱなしですね。だいぶご無沙汰しておりました!

ホントに久しぶりですね。
あれだけ僕は口下手だから取材は無理だって言ったのに、押し切って来ましたね(笑)
何か、強くなったなぁ・・。

―すみません。そんなに嫌がられていると思ってませんでした・・!今日は専務のお考えを改めて聞かせてください!まずは、創業35年を迎えられたノースランドですが、専務が入社された頃のお話を教えて頂けますか?

ノースランドは、昭和50年、私が2歳の頃に、今のオーナーである父が始めた会社です。
澤田グループは、最初は自転車屋さんから始まった会社でした。自転車、バイク、自動車と事業を拡大して、自動車事業で業績が順調に伸びていたのですが、昭和48年、ちょうど私が生まれたときにオイルショックがあって、車がさっぱり売れなくなりました。
さてどうしよう、と考えながら、父が車を運転してたらしいんですよ。その時に、ロードサイドに一際明るい場所が見えた。駐車場もいっぱいで、人が溢れている。それがパチンコ店だったんです。
この商売って、そんなにお客様を集められる商売なのかな、と興味を持ったのが、パチンコ事業を始めたきっかけです。
当時は親族の反対もすごかったらしいんですが、生き残るためにも、周りの反対を押し切って始めたらしいんですよね。
私は4人兄弟なんですが、正月になったら、「全員集合!」って父に座らされて、
「俺はな、東京大空襲で親戚を尋ねて疎開してきて、余裕もなく、教科書も買えなくて、食べるものもなくて、みんなにいじめられて・・」
から始まる武勇伝を、毎年毎年聞かされてました。それが正月の行事でした(苦笑)
その武勇伝と一緒に、創業の話も聞いていて、将来は親の会社を手伝いたいと、漠然に思っていました。
それでも、大学を出てすぐに家の仕事をするのではなく、一旦は修行のためにも社会にでようと思っていました。
ただ、父のお兄さん、つまり私の叔父が社長をやっていたんですが、叔父が癌で倒れた時に、戻ってきてくれ、と父に言われたんです。
社会人の経験もなにも無い自分が帰って何ができるのか、と随分悩みましたが、つまりは助けてくれっていう親からのSOSじゃないですか。自分が助けになるのなら、と心を決めてノースランドに入社することにしたんです。

私には兄がいて、本来であれば兄が継ぐのでは?とよく言われますが、兄は自分のやりたいことがあって、親と大喧嘩してまで貫いたんですよね。
私は逆で、両親の仕事を手伝いたかったので、何で兄貴は嫌なんかなぁ、って思ってましたね。
まあ、嫌というよりもっとやりたいことが見つかった、ということなんですけどね。
ただ、やはりすぐに親の会社に入ったので、どこかで修行を積んで揉まれてみたかったなあ、と今でも思います。
社会の荒波というか、嫌な上司だとか、なんだこの会社は!!とか、イメージでしかないですが(笑)、そういうところで揉まれてみたかった。それが出来なかったのが、自分のなかである種のコンプレックスというか、悔いになっている部分です。
ただ、そういうことに悩んでた時に、常務に「20代という若さで、社内改革を始め、企画提案の計画・実行と、ほかではやらせてもらえない色んな仕事に取り組んで、成果を上げているではないか。お前の気持ちは分かるけど、外で働いて経験するそれ以上のすごい仕事をやっているぞ。」って言われたんですよね。

何かうまく騙されている気がするな~と思ったんですけど(笑)、確かに、って。

―入社されてからはどんな仕事をされたのですか?

最初は本部で、給与計算とか保険手続きをやっていました。徐々に慣れてきたら現場も見てくれ、ということになりましたが、正直戸惑いました。

まず最初は、新規オープンのお店をサポートすることになったんですが、店には店長もいるし、自分の役割が明確ではなかったので、何したらいいんだろう・・って。

毎日、営業が終わった頃に店に行って、店長と一日の営業状況について対話したりしましたが、その頃は、行かされている、やらされている感がありましたね。

店に行っても自分は釘も触らないし、設定もしないし。自分って本当にこの店に役に立ってるのかな、と。

その時に思ったのは、経験では前からやっている人には絶対にかなわないけど、この店を絶対に良くするんだ、という気持ちだったらこの人達と勝負できる、その気持ちだけは折れないようにしよう、って思ったんですね。

それから、自分の出来ることをやるしかない、と仕事を探して、例えばポスターの位置なども、お客様の導線を考えたらこっちの方がいいんじゃない?とか、細かいことも積極的に指示して、店作りに関わっていきました。

内心「みんなうざいって思っとるやろなー。」と思いながらも、店長やスタッフの皆と対話を続けて、とにかく諦めずにやりました。

やがて、新規オープンする別の店をサポートする為、異動することになり、その店で最後の日。

「今日は、専務のお別れ会の焼肉パーティします。本当にありがとうございました。」って、スタッフが送別会を開いてくれたんですよ。

俺、涙出てしまって。ああ、報われたなって。そのときに、自分が信じて続けたことは間違いじゃなかったんや、伝わってたんやっと思いました。

―報われた瞬間だったんですね。店長もされていたとお聞きしましたが、その頃一番大事にされていたことはどんなことですか?

人、仲間、チームワーク、という部分ですね。

初めて一人で、店舗責任者として店を見ることになったのは、お恥ずかしい話、前店長の不正が発覚して、急遽店舗を任せられることになったのがきっかけでした。

180台くらいのお店で、お客様もまばら。10人とか、いいときで20人とか、まあひどい状態で・・。何からやろうか、って思った時に、まずはスタッフと話そうと。

一人の力なんて結局一人でしかないですし、スタッフのみんなの力がないと、いい店って出来ないですよね。私は口下手ですけど、やっぱ対話しないと気持ちが伝わらないと思って。

今はこうだけど、絶対地域ナンバーワンになろう、みんなして頑張ろうよって伝え続けました。それから、戦場の美化からだ!ということで、お店を整備したり、みんなで頑張り続けて・・・。

そうしたら、本当に約1年で、パンパンにお客様が入ってくれる店になったんですよ。

その年の年1回の表彰の時に、MVPをもらえて本当に嬉しかったですね。それから4年連続とかでMVPもらえて、本当にみんなのおかげですよね。やっぱり自分一人じゃ何もできませんから、何よりも仲間、チームワークが大切だと思います。

それと、色んな部分で諦めないこと。諦めてしまったら終わりです。

特に現場は、毎日毎日が勝負。困難にぶつかっても、諦めるのではなく、絶対出来るんだ、出来るにはどうしたらいいんだ、という思考を持つことですよね。

私が店長をしていた時に、一番嫌だったのは人のトラブルでした。トラブルで辞めてしまうのは簡単ですが、一期一会で出会ったからには最後まで一緒に働きたい、というタイプなんですよね。だから諦めずにとことん対話をしていましたね。

現場を卒業する時は、寂しかったなあ・・。

自分が手掛けて、皆で作った店を後継者に渡すわけじゃないですか。愛着がものすごくあって。

あれは寂しかったですねぇ。

―それだけ思い入れの強い経験だったんですね。

専務が諦めない理由については・・・後編で!!

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