パック・エックス通信を御覧の皆様、こんにちは!
編集長のまつしまでございます。

本日の『TOPから学ぶ!』は、サンキョー株式会社の阿部社長(前編)です!

関東地区と山口県に、合計19店舗を展開する同社。
大手ゼネコン会社に9年間勤めた後、パチンコ業界に入った阿部社長は、
業界の中でまかり通っていることに対して、おかしいな。と感じることが沢山あったそうです。

年齢が若いとか、業界歴が浅いとか、そんなことは関係ない。
「おかしいことはおかしい。正さないといけないことは、正すしかない。」
と、業界の常識に、ざくざくとメスを入れていったそうです。
その結果、業界の歴史が大きく変わるようなことを次々と成し遂げられ、
いまや業界内の各団体、協会の中心人物でいらっしゃいます。

そんな阿部社長の辞書には「長いものには巻かれろ」という言葉はありません。
この業界の地位を上げる。この業界で働く人が誇れる業界にする。
という信念だけを胸に、
「業界の常識は、世の中の非常識」
と、業界の常識をぶった切る、侍のような風情を感じました。

では、どうぞ!

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阿部 恭久さん プロフィール
サンキョー株式会社(http://www.sap.fm/
代表取締役
平成4年7月に同社入社。パチンコ業界唯一の社団法人 日本遊技関連事業協会 副会長、全日遊連 参与、都遊協 副理事長・経営委員長、遊技機リサイクル協会 理事、貯玉補償基金 理事などを兼任。パチンコ店舗・パチンコ台メーカーなど業界に関わる企業の想いを一本化し、業界のイメージアップへつなげる活動に日夜取り組んでいる。

TOPから学ぶ!!

 

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―阿部社長、本日はどうぞよろしくお願いします。阿部社長は、全日遊連参与や日遊協をはじめ、業界の様々な組合、団体で参与や理事、副会長など重役を務めていらっしゃいますが、どういった思いで業界活動をされているのでしょうか。

私は大学を卒業した後、すぐにパチンコ業界に入らず、ゼネコンに9年間勤務していました。
平成4年に会社に戻り、この業界に入りましたが、ちょっと違うんじゃないのかな、と違和感を覚えることがいくつかあったんですよね。
例えば当時は、パチンコ台を野積みしたり、野焼きしたり、そういうことが行われていて問題になっていました。ちゃんと産業廃棄物として処理すればいいのに、と思っていたところ、都遊協で産業廃棄物についての説明があり、それを聞いていて、ゼネコン時代に担当して実際行っていた内容と、ちょっと違うと思いました。

当時産業廃棄物などはまだこの業界であまり議論されていなかったので、他の人達よりは多少知識と経験があったんです。なので、おかしいんじゃないですか?と突っ込んだところ、そんなに詳しいなら手伝えよ、ということになりまして(笑)

それがきっかけで、パパ研から、首都圏遊技機リサイクル協議会となって、今は遊技機リサイクル協会の理事をやっています。

(遊技機リサイクル協会の成り立ちはコチラ・・http://www.toyoukyo.or.jp/seinen/sonota3.html

他にも、今でこそ普通にやっている遊技機の認定、当時東京都では実施されていなかったんですが、パチンコ業界は資源浪費型産業だから東京都ではパチンコ新税を新台納入時に課税するという話が出ました。それならば、法的に認められている認定を行い、機械を長期に適正に使用すべきと言うことから、認定申請についてメーカー等と調整をして認定を実施することもできました。

2006年10月に池袋のサンシャインでやった遊パチキャンペーンの展示会の時もそうですね。

パチンコが遊びやすくなりました、業界は変わりましたよ、とお客様にアピールするための活動なのに最初はメーカーさんは協力的じゃなかったんですよ。

展示会というのは機械を展示するのですからメーカーが中心となってすべきだと思うのですが、全日遊連が内容が一番わかっているのだからという理由で、私に展示会の実行委員長の仕事が回って来て、メーカー団体と打合せをしても全く他人事ごとだったので「メーカーの機械を展示する展示会の打合せなのにそんな非協力的ならもう委員長は辞めます」と言って書類をブン投げたんです(笑)

そしたら、いやそういうつもりじゃないんですよ、と理解してもらって、そこからは全面的に協力してくださいました。

そんなに人を集めるのは厳しいと言われていたんですが、7000千人以上の方が集まってくださって大盛況でした。その時に「遊パチ」という言葉や、あのロゴマークが出来たんですよ。

こういった具合に、おかしいと思ったことはおかしい、正さなければいけない、と目上の方だろうと、先輩だろうとすぐ言っちゃうタイプなんですよ。

おかげで「そこまで言うんだったらあなたがやりなさいよ。」と、社業以外の業界活動がどんどん増えてしまっているんですけどね。

―いまや「遊パチ」は当たり前に広まっていますが、阿部社長が立役者でいらっしゃったんですね!おかしいことをおかしい。と言うことは、とってもパワーがいることだと思いますが、その原動力、源になっていることはなんですか?

別に自分がパワーあるとも思ってなくて、おかしいことはおかしい、やらなきゃいけないことはやらなきゃしょうがないでしょう、と当たり前に思っているんですよね。

原動力というか、考えのベースになっていることは、うちの店長が同窓会に行ったときに、恐らく同級生の中で一番給料は高いかもしれないけど、自分がパチンコ店の店長をやっていることを言えなかったらしいんですよね。

それともう一つ、別の店長が車を買おうとしたときの話です。

本人はローンはおりないと思って、「ローン組めたら買ってもいいんだけどね。」と諦め半分で言って帰ってきたら、1週間後に、「ローンがおりましたので、お願いします!」と連絡があったそうなんです。

その時びっくりした反面、やっぱりうれしかったって言うんですね。

そういう話を聞いてね、やっぱり胸を張って、自分がパチンコ業をやっていると言える業界にしなきゃいけないんじゃないかなと思ったんです。

業界を変えることはすぐには難しいのであれば、少なくとも、うちの会社に勤めててよかった、と言ってもらえるような会社にしなきゃいけない、と思ったんですよね。

彼らが胸を張って仕事が出来るような会社にしてあげたい。

だから他業種を経験した自分が、この業界でおかしいなと思う感覚は大切にしたいし、実際に変えなきゃいけないと。

うちの社員にはいつも、「業界の常識は世の中の非常識だよ。」って言っています。

世の中の常識であれば、「業界の」常識と言う言葉は生まれないですからね。

業界でまかり通っていることが、非常識であることは往々にしてあると考えなきゃだめだよと話しています。

業界の常識=世の中の常識になるような業界にしないと、世間にも認めてもらえないんじゃないかな。

そういう会社、そういう業界にしたい、という思いがベースにあって行動しているだけで、何も特別なことをやっているというのではないんですよね。

もちろん私自身も、うちの社員がパチンコ店で頑張っているんだから、自分がパチンコ店を経営しています、ということを胸を張って言うようにしています。

―従業員が頑張ってくれているからこそ、経営者が仕事に誇りをもつ。それを実際に行動で示されていることってすごいと思います。

よく「パチンコ屋」って言われますが、●●屋って言われている間は、社会的に認められていないということだと思います。

パチンコ屋と言われるようではまだまだ。一つの産業として認められるようにするのが、この業界で生かされている我々の務めだと考えています。

だからこそ、何度も言いますが、おかしいことはおかしい、と言い続けないといけないと思います。相手が誰だから、言うとか言わないとか、関係ないですよね。業界の経営者仲間や、組合でも「それはおかしいんじゃないですか?」と、突っ込んでいきます。

それでも、私は私利私欲で動いているわけじゃないし、基本的に言ったことは実行してきたつもりです。色んなところで好き勝手言っても、「あいつは言ったことをやるからしょうがないよな。」と、認めてもらえるのかもしれないですね(笑)

―社長のそう言ったお考え、行動は社風にも反映されていますか?

私はそういう風にしたいと思うけど、「社長が言いすぎるから下の人間が言えないんだよ。」と周りから言われますね(苦笑)

「待ち」の社員にはなって欲しくないですね。自分で考えて自分で行動する。そういう会社にしたいし、そういう社員になってほしいと思っています。

社員には、業界の常識を鵜呑みにしてはいけないよ。ということと、当たり前のことを当たり前にやれ、それでいいんだよ。あとは好きにやれーって言ってます。

あれはダメ、これもダメ、と制限してしまうと、出来ない理由にしてしまうでしょう?だから、何でも自分で考えてやれば良いと思うんです。

ただお願いしたいのは、報・連・相だけはしてね、ということ。基本的には店に行く時間もあまり取れませんから、それがないと何も分からなくて困っちゃいますから。私が叱るとしたら、報・連・相をしないことですね。基本的に「怒る」事はしません。しかし叱ることはあっても、自分で考えてやって失敗したらそれはそれでしょうがないよね。って思います。

そして、もし失敗をしたら、言い訳をするのではなくそれをどう埋めるかを考えなさい、と言ってます。

だって、言い訳しても何も生まれないでしょう?

失敗をベースにして、じゃあ今度失敗しないためにはどうするか、という働きをしたほうが生産性が上がるし、プラスになりますね。

失敗したことに対しては、怒ったって何したって消えないんだから、そんな後ろ向きなことはやめようって。

―本当におっしゃる通りだと思います。お話は初めに戻りますが、9年間他業界で働かれていたということですが、家業を継ぐことは考えていらっしゃったんですか?

いえ、そんなこともないんですけどね。

大学4年の時に、「親父、就職どうしよう?」と相談したら、「お前の人生だからお前が勝手に考えろ。」と言ってくれたんですよ。だから、家業を継がなければいけない、というのはありませんでしたね。それで就職をしたんです。

ただやっぱり一人息子ですし、当時父が体を壊していましたので考えましたよね。

前職に勤めて9年が経った頃に、ビックプロジェクトを担当しろ、と言われました。それをやるとしたら3年は辞めて帰ってこられないけど、どうする?と父に話すと、そろそろ帰ってきたらどうだ?という話しになったので、平成4年の7月に退職して、8月にこの会社に入社しました。

サラリーマン生活は非常に楽しかったですね。正直ビックプロジェクトはやりたかったですね(笑)

ただ、その時に学んだことや、教育方針などは、そのままいかせています。

建築業界にいたわけなので、戻ってきてからパチンコ店の建築費のコストダウンにもすごく役に立ちましたね。

―前職での経験を生かしていらっしゃるんですね。組織作りなどにも取り入れていらっしゃるんですか?

そうですね、例えば新卒採用ですね。

弊社では、草加の店を作った平成8年に初めて新卒採用を本格的に始めました。

私が入社する前の平成元年に、かなりの予算をかけて新卒者を採用したらしいんですが、1人しか採用できず、それもあっという間に辞めてしまったそうで、ストップしていたんです。

勤めていたゼネコンでは、同期が入社して1年間同じ寮で生活するんですよ。その後、各本支店に配属になる、というシステムでした。

1年間一緒に居るから、同期の絆ってめちゃくちゃ強いんですよ。こっちで何も言わなくても、同期同士で情報共有したり、支え合ったり。

1年目は学生から社会人になったばかり。誰しも折れそうになりますよね。そういうときに、もうちょっと頑張ろうよ、俺も頑張るから。という同期が隣にいれば、やっぱり頑張れるんですよね。

だから、新卒者は皆一緒に教育できる場が出来るまで採用しない、と思っていたんです。

そこで、平成8年に新卒者で草加をオープンしたい。と決めて、新卒者の採用を始めました。

4月1日の入社式に、「お前達の店だからお前達でオープンしろ!」と言って、ついに4月22日に新卒者だけで草加店がオープンんですよ。嬉しかったですね。

・・・熱を出して、オープンに行ってないんですけど(笑)

だから今でも入社したら、草加のお店で集合教育を行っています。毎年20名程採用をしているんですが、それ以上、つまり集合教育出来なくなる人数はとらないようにしてます。

また、教育制度についても前職での経験がいきています。

また前職では入社して1年、業務日報を毎日書かされていたんです。それを指導担当に提出すると、それに対してコメントを返してくれる。毎日交換日記をするわけです。

私の下についた子なんて、初めの頃は「今日は一日大変でした。」と1行で終わっていたんですが、その子が1行なら私は3行、その子が3行なら私は5行、という具合にずーっとやっていたら、最後の方なんてお互い意地になって、1ページぎっしり書いてましたよ(笑)

でもそうすると、意思疎通も深まるし、コミュニケーションは仕事に影響しますから、仕事が出来る子が育っていったんですよね。

だからうちも、指導担当をつけよう、ということでブラザーシスター制度をとっています。

―同期の絆が強いと、少しくらい辛くても頑張れますよね。ありがとうございました!

後半では新卒第1期生の方にも登場頂きます★

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