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東商事株式会社、内田任人社長 TOPから学ぶ前編

東商事株式会社、内田任人社長

東京都板橋区の駅前でプラザの屋号で店舗を運営している東商事株式会社の内田任人社長のインタビューです。前編では会社の歴史と跡取りとして入社するまでのいきさつや、入社後のキャリアについてお聞きしました。

まずは経歴を教えてください。

大学卒業後は東商事に在籍しながら出向という形をとってパチンコメーカーで営業の仕事をしていました。専務から「パチンコ店で働く前に、まずはパチンコ業界の知識や、店舗に機械台が入るまでの流れを学びなさい」と勧められたのがきっかけです。

 パチンコメーカーさんには何年いらっしゃったのですか?

パチンコメーカー2社で計5年勤務し、27歳の時に結婚をきっかけに東商事に戻りました。ちょうどその頃、営業マンとしての私の顧客だった親しい店長が東商事に中途入社をしており、その方と一緒に働きたいという気持ちもありました。

最初はどういったポジションを任されたのでしょうか?

店長でした。最初はそれがプレッシャーでしたね。社長の息子で、まだ27歳の若造でしたから、それまで会社を支えてきた人たちが気持ち良いはずがないと思っていたので、専務に「アルバイトからにしてほしい」と頼んだこともあります。そういったこともあり、入社当初は苦労しました。

実際戻ってきた時の社員の反応はどうでしたか?

退職した方が数名いました。2代目という立場のプレッシャーと、社会人として最初に入った会社での教育方針が厳しかったことで、それがあたりまえだと思っていたんです。

そういったところから数名が離れていきました。その後、経験を積み、人を育てるという事を学び始めてからは特にその時のことを反省しています。逆に彼らに学ばせてもらったというか、自分の未熟さについて考えるきっかけになりました。

なるほどですね。ちなみに現在、パチンコ店以外にも中華料理店やボウリング場も経営していますが、元々多角経営をしていたのですか?

総業当時はパチンコ店だけです。9年前にボウリング場、6年前に中華料理店「王華」を運営することになりました。ボウリング場はパチンコと同じレジャーの分野ですが、飲食店は初めてだったので不安も大きかったですが、今は順調です。

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内田任人/東商事株式会社 代表取締役社長。大学を卒業後、パチンコ・パチスロメーカーで営業職を経験し、副社長、常務取締役を経て、2018年9月に代表取締役社長に就任。

話を戻しますが、代表取締役になるときには、どういったタイミングだったのでしょうか?

実は6年前、中華料理店の王華を運営することにならなかったら、もっと早く社長になっていたんです。でも、王華を買い取った責任もあるから、先代の社長がもう少し頑張るという事になって、一旦常務取締役のままということになりました。その後、2018年の7月ごろに「そろそろ代表取締役にしてください」と社長に伝え、9月1日から社長に就任したという流れです。

社長に直訴されたんですね。

そう決めたのは、今の事業に新しいものを注入していかないと成長はないと感じたからです。時代というのは常に変わっていくものなので、臨機応変に自分たちも変わっていかなきゃならないと思っていましたので、将来のことや、会社全体を見渡して、自分がまとめていかなければと感じました。

特に東商事は私よりも年上の社員が多かったので、余計にそう思ったのかもしれません。早く自分を試したいという気持ちも強かったですね。

内田社長は元々東商事を継ごうと思っていたのですか?

実は、高校2年生まで家業がパチンコ店経営だと知らなかったんです(笑)

そんなことあるんですね!

それまでは、父親に聞いても不動産関連と言われていて、たまたま学校で先生に聞かれて父親に言ったら「実はあの駅前のパチンコホールはうちが経営しているんだ」と言われて驚きました。当時から世間ではパチンコ店のイメージがあまり良くなかったので、父親が私に気遣っていたのだと思います。

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それを聞いて家業を継ごうと思ったのですか?

いいえ、全く思っていませんでした(笑)

パチンコ店で遊技したこともないですし、タバコも吸わなかったので、店内のにおいも気になって、私の中でのイメージも悪かったんです。ですので、パチンコ業界は働く選択肢にありませんでした。

大学生の時に、そんな私を見かねた専務の計らいで、従兄弟の運営するパチンコ店でアルバイトをすることになったのですが、そこでは従業員が家族のため、お客様のために一生懸命働いていました。そういった人たちと知り合い、その姿を見て、悪かったイメージが全くなくなりましたね。

その時に決めたのですね。

いえ、実はその時もまだホテル業界で働きたいという夢があったので決めてはいませんでした。だから就職活動中はホテル業界ばかり受けていました。ですが、思うように行かずに悩んでいた時に従兄弟に相談したところ、「諦めて家業を継げ」と言われたんです。そこでもう「パチンコ店で働こう」と決めました。

そこでやっと決心したのですね。

今ではその判断をして良かったと心から思っています。パチンコメーカーに勤めて、家業を継いで、今も私や東商事を支えてくれるたくさんの素晴らしい人と出会うことができました。

後編に続く

 

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