パックエックス通信

株式会社アークシティ、洪大輔社長 TOPから学ぶ前編

北海道を中心に、高知県、山口県にて、アークシティ屋号で5店舗運営している株式会社アークシティの洪大輔社長にインタビューしました。前編では、生い立ち、会社を継ぐことになった経緯、入社してからの社内の変化などをお聞きしました。

本日は宜しくお願いします!アークシティは北海道を中心に事業展開していますが、洪社長の生まれは北海道ですか。

はい、そうです。両親は、アークシティを運営するために共に忙しく働いていたため、小学校から寮生活をしていました。私の兄も姉も寮生活をしていたので、世間一般的にそういうもんだと思っていましたけど、違いましたね笑。

その後、東京の大学に進学しましたが、そこでも寮生活だったので、計16年間寮で過ごしています。

それはかなり珍しいかもしれませんね!大学卒業後について教えてください。

就職はせず、調理師の専門学校に通い始めました。大学卒業したらアークシティに入社するもんだと思っていましたが、大学3年生の時、兄から連絡があり、家業を継ぐことにしたから、お前は好きなことをやっていいよと言われたので、急きょ路線変更です。

兄は以前からパチンコは好きじゃない、商売したくないと言っていたので意外でした。

なぜ調理師の学校に通い始めたのですか?

単純ですけど、食べる事が好きだったんですよね。だから、食に関する仕事に就きたいなと考えていました。

その後、就職が決まり、もうすぐ社会人というタイミングで父と兄に呼ばれて、やっぱり北海道に戻って家業を手伝ってほしい、兄弟で力を合わせて会社を運営してほしいと頼まれました。それが今から10年前の話です。

大学を卒業してせっかく専門学校に行ったのに・・・という気持ちはありませんでしたか?

あまり抵抗は無くて、直ぐに受け入れられました。私たちの会社も、古くからお付き合い頂いている周りのパチンコ店を経営している企業も、家族を中心に切り盛りしていましたから。

何となく、家族で会社を経営して行くことは当たり前だと思っていましたので。

洪大輔/株式会社アークシティ 代表取締役。大学卒業後に調理師の専門学校へ進学。その後、株式会社松本日栄で3年間パチンコ店運営のイロハを学び、2008年に株式会社アークシティに入社。2017年7月に代表取締役就任。

なるほど。その後、アークシティに入社したんですね。

いいえ。長野県の株式会社松本日栄で働き始めました。

実は、アークシティには私の小学校からの同級生が働いていて。彼は高卒で入社しているので、すでに経験は10年以上。個人的に結構意識していて、この年数の差は大きいなと思っていました。

だから、私は違う方法で経験と知識を得ようと考えて。武者修行みたいな感じでとにかく働き詰めで、我武者羅に働きました。

松本日栄では何年間働いたんですか。

3年ですね。特に期間を決めていなかったのですが、その頃、父が亡くなったことがきっかけでアークシティに入社しました。

戻ってきた時のポジションは?

営業副部長として入社しました。兄が営業本部長、私の同級生が営業副部長という役職でした。

松本日栄での経験があるので仕事に自信があったのですが、全く上手く行かず。スタッフが全く言うことを聞いてくれないんですよね。親族とは言えど、全く知らない人間がポッと入ってきて命令する訳ですからね。当然と言えば当然です。

慕ってくれる人もいない中、居場所がなくて、それでも必死に働いて実績を出して、背中で引っ張って行けば良いのでしょうが、私自身の心の弱さもあって。どんどんネガティブになって、モチベーションがグングン下がって行きました。

それは苦い経験ですね。

入社して半年が経った頃、兄に呼び出されて「お前は何がしたいんだ!」と一喝されました。やる気の無さが態度に出ていたので、兄の逆鱗に触れたのでしょう。

私はその時、「会社を辞めたい。でも、呼び戻したのは父と兄なんだから、あと1年は在籍をさせてくれ。」と伝えました。

今考えれば、何のための1年なのか、自分でも分かりませんし、今部下がそう言ったら私は叱りつけると思います。ただ、私にとってはこの1年がターニングポイントになりました。

ターニングポイントですか。

兄に辞めたいという意思を伝えてから、松本日栄でお世話になった先輩に会いに行きました。心を許せる存在ですし、原点はここですから。色んな話を聞いてもらったし、勉強会に参加させてもらったり。相変わらず良くしてもらいました。

その後、ちょっと来なよ、と誘いを受けて参加した研修が終わった時、また一緒に働かないかと話をされました。それはいいですね、と答えました。内心、私はその声掛けを待っていたんだと思います。松本日栄で働いていた3年間は大変でしたが、楽しさの方が上回っていましたし、私を理解してくれる人がいるのは支えになりますから。

また誘ってくれて嬉しかったんですね。

そうです。ただ、実はこの話は少し違って。私が松本日栄に戻るという話ではなくて、先輩がアークシティに入社すると言うんです。

この先輩は松本日栄の社長のご子息だったので、意味が分からず。チンプンカンプンでした。

それは衝撃ですね!

そして、これは現実になり、その方はCEOとして入社することになりました。要は私の上司です。兄には、営業の即戦力として引っ張ってきたと説明しましたが、その時になっても思惑は全く分かりませんでした。

しかし、その方が入社したことで私と兄の関係性も良くなり、経営も軌道に乗り始めました。先輩が入社してくれたことで辞める気も失せて、もう一度頑張ってみようと気持ちを奮い立たせることもできました。

自分にとっても、会社にとってもターニングポイントだったんですね。

そうなりますね。数字が出てくると仕事も楽しいし、私自身とても前向きになっていたと思います。会社のことも良く考えるようになったし、ああしたい、こうしたい、という気持ちも芽生える。

そういう経緯もあって、6年前に高知県にアークリゾートをグランドオープンさせたタイミングで組織変革に着手しました。

社長になったきっかけはありますか?

兄は店舗に顔を出すタイプではないので、多くの店舗スタッフは社長を見たことがありません。私はそれではダメだと思っていて、会社のトップは従業員とコミュニケーションを密にとって、夢を語り合うような間柄でありたいと思っていました。

このままじゃダメだ!俺が変えていくから社長にしてくれ!と一蹴されることを覚悟で兄に直談判してみました。意外にも、じゃ明日から頑張れと笑。そこで、2017年7月に兄が会長となり、私が社長に就任しました。

社長に就任して約1年。やりたかったことは形になってきましたか?

まだまだこれからですけど、少しずつ、ですかね。後から聞いた話ですが、父は生前、「社員は宝、社員を大事に、家族だから」と良く話していたらしいんです。

私が目指しているところと重なるし、創業家としてこのマインドを受け継いで行きたいですね。

大切にするという形のひとつに、全スタッフの正社員雇用にこだわっていますよね。

そうですね。本人が非正社員を希望しない限り正社員雇用をしています。社員として働いた方が、福利厚生や待遇面でも守ってあげられますし、社員は家族のような存在ですから。

定年を迎える方が2名いるという話も聞きました。

アークシティに長年貢献してくれた社員なので感慨深いです。1人は1号店がグランドオープンする時に夜間清掃のパートとして入社した女性です。旦那さんは社員として活躍していて、次期社長として期待されていましたが、残念ながら病気で亡くなられました。夜間清掃のパートから社員になって、店長も任され、現在は経理室で働いています。

もう1人はクリーンスタッフとして働いている女性。実は娘も、孫も、社員として働いています。3世代で働いてくれるのは本当に有り難いし、全国見てもほとんどないんじゃないでしょうか。

そうですね!個人的には聞いたことがありません。

安心や信頼を感じてもらっているからこそ、アークシティを選んでくれているのだと思うので、その気持ちを経営者として裏切らないよう、会社を繁栄させて行かないと。身が引き締まる思いです。

後編に続く

 

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