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今回は新星レジャー開発株式会社(DAIGOROグループ)李 成八社長に登場いただきました。
北海道で地域に根ざした店舗づくりを目指されている李社長。店舗展開や新卒採用に対して積極的に取り組まれています。
前編ではパチンコ業界に入ったきっかけから、社長就任までの経緯について伺いました。

プロフィール

新星様写真0219新星レジャー開発株式会社
代表取締役 李 成八氏
他業種での勤務を経て、1991年兄の会社に常務として就任。2003年、代表取締役に就任する。2015年卒採用から新卒採用を本格的に開始。現在は北海道で6店舗を経営する。

―李社長、本日はよろしくお願いいたします。まずは社長に就任されるまでの経緯から伺いたいと思います。

この業界に入るまでは別の仕事をしていました。1991年に兄が社長として経営していた会社が、根室に出店することになったことをきっかけに、常務として加わることになりました。

根室店には店長は別にいましたが、店舗責任者は私が務めていました。
業界のことも店舗の営業のことも、何もわからないまま、毎日「今日乗り切らないと明日はない」という気持ちで必死でした。3年程経ってようやくお店らしいお店になっていきましたが、それまでは本当に苦労しました。
でも今考えると、何も知らないからこそできた挑戦だったんだと思います。

―「お店らしいお店になった」と実感された出来事はありますか?

ある時期から私たちのサービスにお客様がよい反応をしてくださるようになったんです。
それまでは経験もなかったですし、業界の先輩方から学んだことを一生懸命自分の引き出しに入れ、これはどうだ、こっちはどうだ、と手当たり次第に引っ張りだしていたような感じでした。当時はお客様が本当に望んでいるものが何なのかがわからなかったのだと思います。一生懸命やっても、よい反応は返って来ず、随分苦しい思いをしました。

ですが、3年程経った頃から徐々にお客様がどうすれば喜んでくださるかがわかるようになってきました。それからは店舗の売上も徐々に増えていき、次第に利益も出るようになりました。

―当時の社内はどのような雰囲気だったのでしょうか?

仲はよかったですよ。私もお客様や社員と接するのは好きでしたから、よく現場に出ていました。やはりお店がうまくいくようになると、社員が元気になります。笑顔があってエネルギーがありますね。

―常務を務められていた当時、何かターニングポイントになることはありましたか?

大手企業さんの出店はターニングポイントになったと思います。
「生き残っていく為には勝たないといけない」と強く感じました。苦戦は強いられたものの、企業として強くなるきっかけになったのではないかと思います。

当時はよくあることだったのだと思いますが、店長がほとんどお店にいなかったんです。夜お店に来てすぐに帰ってしまう。社員やお客様の顔を見ることもない。お店が苦戦していたとしても、自分は変わらず高いお給料を貰っているから気にしない。
その頃は自分の中で教育方法も定まっていなかったので、その店長に対して叱ることしかできませんでした。その後少し改善したんですが、3ヶ月後には元通りになってしまいました。そのとき改めて人材育成について考えるようになりました。

―その状況をどのように打開されたのでしょうか?

業界の先輩から話を聞き、社員教育・人材育成で有名な外部研修を受けることにしました。
自分の視野を広げると共に、引き出しを増やすことができるのではと考えたんです。

人材育成については学ぶことは多かったです。叱ることで仕事をさせても、言われたこと以上のことをやらないし、私がいなくなればやらなくなる。社員が自ら考え動きたいと思うようにするためには、私が社員に対して思いやりの気持ちを持ち、彼らのモチベーションが上がるような接し方をすることが大事なのだと気が付きました。
また、それまでは「赤字にしない」ことを目標設定にしていましたが、もっと社員が希望を持てる目標を設定するようになりました。
例えば、売上を上げて利益を上げ、店舗展開して行く。そうすれば皆にとってはこんないいことがあるんだ、という夢を語るようになりました。

研修先では、同じ志を持った仲間にも出会えましたし、改めてどんなお店にしたいのかをじっくり考える時間を持つこともできました。あの時行っていなかったら今の私はなかったのではないかなと思います。

―その後、社長に就任されるまでにどのようなきっかけがあったのでしょうか?

2003年に、それまで私が常務を務めていた会社を兄から譲り受けることになり、社長を私が務めることになりました。
これは私にとっても、今の会社にとってもターニングポイントになりました。
それまでは兄を北海道一の社長にすることが目標でした。しかし、それぞれ新たなスタートを切ったことで、今度は「北海道一の社長」を自ら実現させることを目指すようになりました。

―続きは後編で!

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