アット尹社長前編今週は株式会社アットの尹社長に登場いただきました。
引き継いだ当初は、開店から数時間経ってもお客様が0人ということも・・・。そのような状態から会社を復活させ、現在は「中小ホール企業の星」を目指しているという尹社長。
前編では、入社の経緯から、これまでの取り組みについてご紹介します。
それではどうぞ!

アット尹社長写真前編プロフィール
尹 未宇 氏
株式会社アット
代表取締役社長
アメリカ留学後、2003年父が経営する株式会社アットに入社。2007年に代表取締役就任。現在は神奈川と東京で3店舗を経営する。

―本日はよろしくお願いします。まず初めに入社の経緯を伺えますか?

入社のきっかけは、父からの電話でした。
当時私はアメリカの大学に留学しており、卒業を3か月後に控えていました。父である先代から電話があり、「お前が継ぐなら会社を残す。継がないなら会社を閉める」と言われたんです。
父はパチンコ事業を行う株式会社アットの他にも事業を行っており、ホールの経営はほとんど店長に任せている状態でした。入社した後にわかったことなのですが、この頃店の経営はどんどん悪化し、パチンコ事業を撤退しようという話が出ていたそうです。
当時私はそこまで悪化していることは知らず、父からの電話に「じゃあ、やります」と答えました。それがきっかけとなり、2003年に入社しました。

―入社当時はどのようなことをされていたのですか?

最初は何もわかりませんでした。先代に聞いても、「自分で考えろ」「全部やれ」としか言われなかったので、最初はホールを回ることから始めました。
自店のどこが問題かを探ろうと思ったんです。ですが、問題がないところがないんです。

そこでまずは経費から見直しました。利益のうち、何%を人件費とするべきか?機械代にするべきか?をすべて見直しました。

当時は遊技台に莫大なコストをかける時代で、それが当たり前になっていました。なんでこんなに費やすんだろうと思いましたが、社員に聞いても答えられる人はいませんでした。
そこで一度購入を止めてみたんです。そうしたら思った以上に業績は下がりませんでした。

それから遊技台に比べて、人件費にはお金を使っていないこともわかりました。
私は機械代よりも人件費に使った方が良いと考えています。
当時は社員が2人しかいなくて、毎日死にそうな顔をして仕事をしていました。そこで最低でも1店舗4人体制にすることにしました。多くいればいいというわけでもないのですが、やはり安全安心の労働環境の実現には人数が必要だと思っています。

―改革を進めていくうち、ここで会社が変わったというターニングポイントはありましたか?

経費改革から3年目で利益が出るようになった頃ですね。
実は、なぜ先代がパチンコ事業部を辞めようとしていたかと言うと、かなりの金額の借金があったからなんです。
知り合いの経営者の方たちには「そんな額は小銭だよ」と言われることが多かったのですが、20代だった私には相当なプレッシャーで、毎日胃が痛くなるような状況でした。

3年目で利益が出るようになり、改革から8年目で全額返済することができました。
そのときは両親から「ありがとう」と言ってもらえて、頑張ってきてよかったと実感することができました。
それと同時に会社をもっと大きくしたいという気持ちも生まれてきました。

―社内の雰囲気や、社員の方にも何か変化はありましたか?

社員も変わりましたね。私が入社した当初は、お客様に対して、“お客様”として接していなかったんです。例えば常連のお客様にあだ名をつけたり。最初に私が出した指示は「あだ名禁止」だったかもしれません。でも「お客様」と呼ばせるようにすることで、自然とお客様として接することができるようになり、接客もずいぶんよくなりました。

お客様の数も、最初は開店から数時間経っても0人ということもあったんです。
ピーク時で30人来ていただければいい方だったので、まずは100人を目指そうといって取り組み、初めて100人来店いただいた時は皆で抱き合って一緒に喜びましたね。ピークの稼動が5割、平均稼動が3割になったとき、店は変わるんだと実感しました。
この頃会社全体としても稼働が4倍になり、利益も4倍なりました。
今では当時のことを知らない社員も増えてきて、「社長、今日は100人しか来ていただけていないです」と報告してくるときがあるんですよ。「“しか”じゃなくて、“も”だろ」って言うんですけど(笑)。そういうところでも会社の成長を感じてすごくうれしいですね。

―社員の方とのコミュニケーションはよく取られているんですか?

おそらく他社より頻繁だと思います。店舗にもよく行きますし、それから当社には『レスポンス』というシステムがあるんです。これは簡単に言うと交換日記みたいなものです。エクセルを使ってやっているんですが、質問や意見を書いてメールで送ってもらって、それに私が答えて返信しています。昔は毎日やっていたんですが、今は社員が11名いるので、月に2回の頻度でやっています。
やはり面と向かってはなかなか聞けないこともあると思うんです。いろんな質問がありますよ。「店長になったらボーナスはいくらもらえますか?」とか、「今後のパチンコ業界はどうなりますか?」とか。
これを続けることで、コミュニケーションは円滑になりました。離職率も低いと思います。今いる社員も辞める気がしないです。いずれ自分で会社を興したいという人もいるので、それまではうちにいると思います。

―利益が出る店舗にするために、具体的にはどのようなことをされてきましたか?

例えば近隣に競合店が出店してきたときのことですが、話題になってお客様も殺到し、普通に考えたら危機的な状況でした。
ですが、それだけお客様が集まると、その店舗に入りきらなかった方が他の店舗にも来ると考えました。自分たちが努力するべきところはそこだ、と社員たちにも話し、そのお客様をどうやって囲い込むかを考えました。
まずはお客様の口コミに期待し、地域で一番早く5スロも導入しました。そうすることで、店の認知度が上がりました。
5スロ導入時にはできるだけお金をかけずに、内装を変えて雰囲気を変えました。

それから様々なホールに社員を連れて視察しています。
私達はパチンコ業界ではまだまだ新人だと思っていますので、業界で革命を起こしている企業から勉強しなければなりません。そして私達も、業界に何かを残すことが使命だと考えています。
視察には業績向上という最終的な目的がありますが、まずは「カタチにする」ことも大切です。ですので社員にはインプットしたことを自店で10個真似するという教育をしています。今では全社員が10個では少ないと、自ら進んで30個取り組んでいます。

昨年は石神井公園に出店したんですが、ある意味修行の場として選びました。
このエリアは厳しいんですよ。近隣に強いホールさんもありますし、誰もやりたがらないようなところです。だからこそ、ここで学べることも多いのではないかと考えて出店を決めました。実際その効果はしっかり出ていて、石神井公園に出店してから小平店と磯子店も業績向上につながりました。この経験は会社にも社員にも、どこでもやれる自信を与えてくれました。

―尹社長、ありがとうございます。続きは後編で!

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